小麦粉の博物館~ミネソタ旅行 その1



皆様、お久しぶりです。

昨日、「大草原の小さな家」の足跡を辿る旅・ミネソタ旅行から帰ってきました。

4~5回に分けて、旅行の記録を綴りたいと思います。



ミネソタ州(アメリカ中西部)と私達が住むワシントン州では、2時間の時差があります。

先週木曜日、午後1時半にシアトル空港を発って約3時間半、

ミネソタ州最大の都市・ミネアポリスに着いたのは、現地時間の夜7時過ぎでした。



そして翌日…その日は夕方5時半過ぎに、

ブロ友Novaさんのお宅にお邪魔することになっていたので、

昼間は夫と二人でミネアポリスを観光、



ホテル近くに製粉博物館があると聞き、まずそこへ行ってみました。


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(ミル・シティ博物館:Mill City Museum)

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 ミネアポリスの中心を流れるミシシッピ川は、

豊かな水源と河岸付近の肥沃な土地で古代から人々の生活を支え、

アメリカ先住民の多くの部族も川の流域やその近くに住んでいました。



17世紀に入植したヨーロッパ人達は、

豊富な水源がエネルギー源や交通手段になることから、

先住民達から河川付近の土地を奪って、自分達が住み始めます。



町はやがて水力を利用した製材業や製粉業で栄え、中西部屈指の大都市に成長しました。


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(製粉博物館から見下ろしたミネアポリス市:ミシシッピ川を中心に町が栄えました。)


1874年、ミシシッピ川畔に世界一大きな製粉工場として、”Washburn A Mill”が建設されましたが、

1878年、粉塵による大爆発が起こって工場は全壊、18人の犠牲者が出ました。



事故後も日に日に膨らむ需要に答えるため、

工場主は1880年さらに大きい工場を再建し、

最盛期の小麦粉生産高は、一日でなんと食パン1200万斤分、



毎日毎日、貨物列車100両分の小麦が、

カナダやアメリカの広範囲にわたる地域から運ばれて来たのです。



その後、別の大きな工場も建設されて、

ミネアポリスは世界最大の製粉都市として、50年間発展を続けました。


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(当時の小麦刈り取り機)



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(アメリカで消費される小麦粉の10%はこの工場で生産されました。)




しかし、第一次世界大戦の勃発や交通手段の変遷に伴って、

人々は徐々にこの町を離れていき、

小麦粉の生産も下火になって、1965年ついに工場は閉鎖、



建物だけが残っていましたが、

1991年には火災が起きて、工場の大部分が崩落しました。


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(鉄骨が曲がっているのは火災の際の熱の影響)

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(古い建物で今残っているのは、崩落を免れた部分)


1990年代後半になって、世界一の製粉工場の歴史を残そうという運動がおこり、

焼け跡の瓦礫の撤去や、崩落を免れた部分の壁を補強、


新たに展示用の建物も建設されて、

製粉工場の歴史を後代に伝える記念館として、2003年にオープンしました。



博物館の中には消失を免れた製粉器具などが展示されている他、

巨大なシアター型エレベーターに乗って、

当時の様子を記録した8ミリ映画を見たり、製粉のプロセスを再現した現場を見学することができます。

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(脱穀機)

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(巨大な石臼:原始的な感じですが、この石臼が100年位まで使われていたそうです。)

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製粉とは直接関係ないと思いますが、

当時の一般家庭で使われていたらしい薪ストーブ(オーブン)も展示されていました。

大き過ぎてうちには置けないと思うけど…こんなストーブ好きだわ~♪



最後に、ここだけの話(#^^#)…

「小麦粉の博物館」と聞いたから、クッキーとかカップケーキとかパンとか…

そんなお土産がつくのかな?と密かに期待してたけど…それはなかった。

ちょっと残念(/_;)!



それでは皆様、幸せな一日をお過ごしくださいね。



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by mimozacottage | 2016-09-23 11:23 | 旅行(アメリカ) | Comments(6)
Commented by ☆ Rilla ☆ at 2016-09-23 16:42 x
ミモザさん、お帰りなさい♪
ローラの世界は如何でしたか?
ミネソタは、小麦粉の一大生産地だったんですね。

終戦直後の食糧難の時、アメリカから大量の小麦粉が入ってきて、
小麦粉で作った食べ物を「代用食」(←お米の)といって食べていました。
私たちは、小麦粉の事をメリケン粉(アメリカン粉)って呼んでいました。

次回からの旅行記も楽しみにしていますね。

Commented by yukkescrap at 2016-09-23 20:49
わぁ、ミネソタ!

私は、パッチワークをするのですが、アメリカのビンテージの布、フィードサックをコレクションしています。
50年代に、小麦や種を入れる袋をプリントしていて、この布袋を、服やパッチワークに仕立てたんだとか。

ミュージアムのお写真を穴が開くほど拝見して、
もしやフィードサックのコレクションなどがなかったかしら?と思ったのでした。
いつか絶対ミネソタ州にも行ってみたいです。
ローラを訪ねる旅の続編、楽しみです。
Commented by dreamyeyes at 2016-09-23 23:59
ミモザさま、おかえりなさい♪
主人がウイスコンシン州出身なので隣州がミネソタだとは知っていましたがローラもミネソタだったとは知りませんでした...恥
ミネソタのモール・オブ・アメリカは次回ウィスコンシン州へ行く際に寄ってみたい場所でしたが、絶対ローラも訪ねたいと思います。
そして有名なゴールドメダル社の小麦粉、製粉博物館があるのですね。

30年位前は東⇔西と3度ほど車でアメリカ横断していましたが、引越し移動の為ホテル以外どこも立ち寄らなかったので、これからはアメリカ国内をじっくりと観光したいです。。
Commented by mimozacottage at 2016-09-23 23:59
> ☆ Rilla ☆さん

ただいま(^^♪
ローラ博物館は想像していたものとはちょっと違いましたが、
それはまた今度記事にしますね。

ミネソタの小麦粉生産高が世界一だということは、
私はもちろん、夫も知らなかったようで、ビックリしました。
実家の母も小麦粉のことをメリケン粉と呼んでいましたが、
そういう理由があったのですね!
母は説明してくれたことがなかったので、初めて知りました。

楽しみにして下さって、ありがとうございます♪



Commented by mimozacottage at 2016-09-24 00:12
> yukkescrapさん

さすが、Yukkeさん、お詳しいですね。
フィードサック…そういうもの、あったように思います!
実はこの日の前日眠れなくてぼーっとしていたので、
あまり考えないで、適当に写真を撮っていったのです。

博物館へ行く前に、
Yukkeさんのご趣味のことを詳しく知っていたら、
ちゃんと写真を撮ったのに…
ごめんなさい。残念です。
本当にいつか、ご自分で行かれてみてくださいね。
Commented by mimozacottage at 2016-09-24 00:23
> dreamyeyesさん
ただいま~(^^♪
旦那様はウィスコンシンご出身なんですか?
今回の旅行であと数キロぐらい?
ほんとに手前まで行ったのです。
ローラはウィスコンシン州に生まれて、
小さい頃にミネソタに引っ越しました。

モール・オブ・アメリカは聞いていたのですが、
夫も私も買い物には興味がなかったので、
行きませんでした。
今になって「行ってみればよかったかも…」と思っています^^
製粉博物館は面白かったですよ。
アメリカを3回も横断?それはすごい!
アメリカは広いので、
いろいろ面白い所がありますよね~!(^^)!
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