「大草原の小さな家」を訪ねて(後半)



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(ローラが娘ローズのために作ったキルト)



テレビドラマのロケは、ローラが成人するまでずっとWalnut Groveで行われましたが、

実際のローラは、1867年2月ウィスコンシン州ぺピン湖の近くで生まれてから、

サウスダコタ州に落ち着くまで、

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(家財道具一式を積んだ幌馬車)



幌馬車に乗って、カンサス州、再びウィスコンシン州、ミネソタ州内3カ所、アイオワ州と

幼少から少女時代にかけて、目まぐるしいほど引っ越しします。

開拓民だった両親に土地問題や天災が降りかかって、一家は新天地を求めてあちこち移動したのです。


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(ローラの父チャールズ・インガルスと母キャロラインの結婚式の写真)



プリンスエドワード島に長く住んだ「赤毛のアン」の作者モンゴメリは、

親族の手によって住居跡などが大切に保存されてきましたが、

引っ越し続きだったローラの家の住居跡は、ほとんどが人手に渡って消え去りました。



TVドラマ「大草原の小さな家」のモデルになったプラムクリークでの暮らしは、

川の土手に建てられた、質素な草葺小屋から始まりました。


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(当時の開拓民の住まいを再現した小屋:ローラ達の小屋は現存していませんが、
”On the Banks of Plum Creek”の記述によると、これに似たものでした。)



熱い信仰心と子供達の教育に熱心だった父さんは、

近所に教会と学校があることを条件に、新しい移動先を選んだそうですが、

やむなく辺鄙な場所に住むこともあって、ローラの少女時代の学校教育はたびたび中断されました。



学校にいけない間は、教員免許を持つ母さんから自宅で教わっていたのでしょう。

ローラは16歳になる2か月前、高校で勉強する傍ら、小学校低学年用教師の免許を取り、

小さな複式学級の小学校で教え始めました。


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(ローラの署名入りの手紙:かなりの達筆です。)

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後にローラは、「私は教えることを楽しんだとは言えないわ。」と認めていますが、

責任感を持って仕事をしたこと、

教師として働いて、家計を助けることが出来て嬉しかったとも書いています。



結婚してからは、一人娘ローズの育児や農家の主婦として多忙な日々を送りながら、

時々裁縫や賄い婦をして家計を助けましたが、どんなに働いても家計は常に火の車、

経済的には窮乏状態が続きました。



60歳を過ぎてから、ジャーナリストで作家だった娘ローズの勧めで、

「大草原の小さな家」をはじめ、9冊の小さな家シリーズを書き始めますが、

その前は地元のニュースレターに、ほそぼそと農業関係の記事を書く程度でした。


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(ローラの裁縫箱)

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(ローラから娘ローズに譲り渡された食器)



娘ローズは母ローラについて、こんなことを言っています。

「とても善良で美しい女性だったけど、文学の才能とは無縁で、

鶏を育てたり、お菓子を焼くのが上手いだけのお母さんだと、長い間思っていたわ。」


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(ローラのジンジャーブレッドは美味しいと評判でした。)


ローラが小さな家シリーズを書いた直接のきっかけは、母キャロラインと姉メアリーの死です。

少女時代、母や姉と共有した開拓時代の暮らしを

書き残しておきたいという強い思いに突き動かされたのだそうです。


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(上段左は、ローラが初めて手にした人形「シャーロット」に似せて作られた人形。
下段右は、ローラのオリジナル(手書きによる原稿)と初版の本です。)




65歳で出版された小さな家シリーズ第1作、「大きな森の小さな家」が大成功を治めてからは、

経済的に落ち着き、60代、70代と精力的に描き続けましたが、

80歳で最愛の夫アルマンゾーを亡くしたローラは、いっぺんに書く気力を失ったと言われます。



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(ローラが執筆に使った机:執筆場所のマンスフィールドから運ばれました。)



それからは執筆には全く興味を示さず、

時々ローズと会う以外は、ミズーリ州マンスフィールドの家で亡くなるまで、

ひっそりと静かな一人暮らしを続けたそうです。




終わりに…先の記事で博物館に失望感があったと書きましたが、

ローラ自作のキルトや肉筆の手紙などを見ることができて、

長年憧れ続けたローラにちょっぴり触れた気がして、結果的には満足でした。



それでは皆様、幸せな一日をお過ごしくださいね!



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by mimozacottage | 2016-09-30 04:43 | 大草原の小さな家 | Comments(2)
Commented by ☆ Rilla ☆ at 2016-09-30 05:52 x
ミモザさん、おはようございます。
最近忙しくて、お邪魔するのが遅くなってしまてごめんなさい。
楽しみにしていたローラ博物館の前半と後半、一気に拝見しました。

「赤毛のアン」とは違って、ローラ達は
常に厳しい自然と戦っている生活だったとは思っていましたけれど、
私の想像を超える過酷な生活を送っていたみたいですね。
そんなにあちこちへと引越しをしていたのも初めて知りビックリです。

TVが放映を始めた頃のドラマで見る豊かなアメリカにあこがれを持っていた私は、
ローラの小説を読んだ時、こういう時代を経て今の豊かな暮らしがあるんだなって思ったものでしたが、
ローラ博物館は、私の想像をはるかに超えていました。

ありがとうございました。
今から太極拳の練習に出かけますので、
後で又ゆっくりと拝見させていただきますね。


Commented by mimozacottage at 2016-09-30 10:00
> ☆ Rilla ☆さん
おはようございます♪
私はマイペースで書いていますので、
そんなこと、気になさらないで下さい。
りらさまからのコメントはもちろん、
とても嬉しいですが、
無理なくお付き合いしましょう(*^_^*)

私もリラさんと同じです。
開拓民の生活は漠然と過酷なものだと思っていましたが、
想像以上でした。
そんな中でもローラは常に前向きな気持ちで
働き、子供を育て、そして名作を残しました。
記事では書き切れないのですが、
人間として素晴らしい人だったようです。
いつも読んで下さってありがとうございます!!
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