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本田路津子さんコンサート



日本人友人Sさんから、本田路津子(ほんだるつこ)さんのコンサートに誘われました。


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(若き日の本田路津子さん。画像はお借りしました: CBSソニー)



シアトル周辺のクリスチャン女性が集って、賛美歌やお話、

コンサートを楽しんだ後、昼食をご一緒するキリスト教会の催しだそうです。



信仰を持たない私は、宗教的な催しに興味がないのですが、

Sさんは大事な友人だし、本田路津子さんの歌が大好きだったので、参加することにしました。

クリスチャンでない別の日本人友人、Tちゃんも一緒です。

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(会場内は撮影禁止かもしれないと思って、会場の外から撮った写真です。)



フォークソングが流行った時代に青春していたミモザにとって、

フォークソング歌手と言えば、”神様” のような存在、

ところが、Sさん、Tちゃん、ミモザ… 3人の中で一番ロックなTちゃんは、

本田路津子さんを知らないと言うので、ビックリ!




Tちゃんはミモザと同級生だけれど、美大卒のお洒落なマダム、

高校時代からロックのライブに通っていたそうですが、

一方のミモザは、カエルの合唱が鳴り響く田舎でフォークソングに夢中でした。



さて、コンサート会場でお目にかかった路津子さんは、私達3人より少し上の年代ですが、

姿勢がよくスレンダーボディで年齢を感じさせない。

芸能界生活は5年間だったそうですが、

被災地などの慰問コンサートや、教会で讃美歌をずっと歌い続けられています。



コンサートでは讃美歌に混じって、

「秋でもないのに」「風がはこぶもの」「見上げてごらん夜の星を」というおなじみの曲が披露されました。

懐かしくて、懐かしくて…胸がジ~ンとなりました。



まさか日本を遠く離れたこの地で、

40~50年振りに、本田路津子さんの歌が聴けるとは思いもしなかった!

路津子さんの声の美しいこと、若い時とちっともお変わりないのには驚きました。



本田路津子さんを知らないと言ってたTちゃん、

懐かしい曲が始まると同時に、「あら!この歌、聴いたことがあるわ!」と言ってました。

そうでしょう!?Tちゃん、… 私達の世代で路津子さんを知らない人は、いないと思うわ。



オペラやバロック音楽好きのご両親の下に生まれた路津子さんの傍には、いつも音楽があり、

小さい頃から周りの人に、「路津子ちゃんは声が綺麗ね、歌が上手ね。」と言われて育ったので、

「大きくなったら歌手になる」という夢が自然に芽生えたそうです。



夢を実現するために、大学在学中にフォークコンテストに出場、

見事優勝して、芸能界に入られました。

謙虚なご本人は「まぐれです。」と仰っていましたが、審査員があの美声を聞き逃すことはないでしょう。



路津子さんが歌手生活をされていた頃、

私は高校生から大学受験を経て、大学入学…と自分自身の生活が目まぐるしく変化したので、

彼女の歌声が突然、芸能界から消えたのにも気づかなかったのですが、

後で引退されたのを知って、どうしてなのかな?と思うことが度々ありました。



コンサートでは、ちょうどそのことについて話して下さいました。



小さい頃から自分は歌が上手だと言われたけど、芸能界では歌が上手いのは当たり前なので、

「こんな所で自分はやって行けるだろうか?」とか、いろいろ悩みがあって芸能界に疲れ、

3か月間休暇を取るつもりで、アメリカにやって来たそうです。



勝手な推察ですが…路津子さんはとても謙虚、飾らないお人柄なので、

常に人と競い、目立ってないといけない芸能界には合わなかったのではないか?と思いました。



カリフォルニア州ロサンゼルスでアメリカ生活を始めた路津子さん、

最初は周りの人が誰も自分を知らず、言葉も通じないので、

目の前で周りの人が何かを話していてもちっとも気にならない。

それが快適でたまらなかったそうです。



そして言葉が分からないことに不便を感じ始めた頃、

カレッジで英語を勉強するためにワシントン州シアトルに引っ越して、偶然未来の旦那様と巡り会い、

今度は日本語が通じるのが嬉しくて、その方とご結婚。




旦那様のお仕事の都合でアトランタに移り、

1988年日本に帰国するまでの13年間を ずっと東海岸で過ごされたそうです。




このコンサートでは全部で10曲ほど歌を歌われましたが、

声量が衰えず、若い頃とちっとも変わりがない美声は驚愕ものでした。

そして、いつまでも聴いていたいと思うほど心地のよい、澄んだ声✨



Sさん、Tちゃん、私…私達3人が最も好きだった曲はピッタリ同じで、

元々は坂本九さんの持ち歌で『見上げてごらん夜の星を』でした。



『見上げてごらん夜の星を』 作詞:永六輔



見上げてごらん夜の星を 小さな星の

小さな光が ささやかな幸せを うたってる


手をつなごう僕と 追いかけよう夢を

二人なら 苦しくなんかないさ



見上げてごらん夜の星を 僕らのように

名もない星が ささやかな幸せを祈ってる

ささやかな幸せを 祈ってる



路津子さんが時々慰問される知的障害の方達の施設でこの歌を歌うと、

(重度の障害で)言葉を一言も発せられない人達の目から、涙がこぼれ落ちるそうです。

意思の疎通は出来なくても、喜んでもらうのが分かって、

路津子さん自身も言葉に表せないほどの感動があるのだそうです。



このお話を伺うまで、

路津子さんの歌声が世間一般から消えてしまったのは、

本当に残念だと思っていましたが、



路津子さんが、もし芸能界に残って忙しい生活を続けていらしたら、

被災地や障害者施設等、いろんな所へ慰問される時間も無かったかもしれません。



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芸能界の煌びやかなスポットの中で、身を擦り減らしながら生きるより、

慰問所で出会う方達と 生きる喜びを分かち合う方が、

路津子さんらしい生き方なのだろうし、本当に社会が必要としている方なのだ…と思いました。



100人位の聴衆の約95%が日本人の方だったので、

何度も「まるで日本でコンサートをしているみたいだわ。」と仰った路津子さん、


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(お昼は嬉しい♡日本のお弁当♡)



ご自身の昔の姿を重ねられたのでしょうか?

「昔の私がそうだったように、あなた達にもいろんなストーリーがあって、

アメリカにいらっしゃる。どうぞお元気で…」

コンサートの最後に、集まった人達を労うような言葉をかけて下さいました。


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(コンサートの後、気楽に記念撮影に応じて下さいました。
左からSさん、本田路津子さん、ミモザ、Tちゃん)



私達3人もそれぞれストーリーがあって、アメリカへやって来たけれど、

日本とかアメリカとかヨーロッパとか…住む場所に関係なく、人の数だけ物語があります。

これを読んで下さっている皆様に、これからも幸せなストーリーが訪れますように…✨


読みに来て下さる方にいつも励まされています。
どなたか存じません、応援して下さってありがとうございます。
ミモザ


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by mimozacottage | 2018-10-04 04:01 | コンサート | Comments(14)