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グルジアの王子夫妻の庭でアフタヌーンティ:ビクトリア


旅にハプニングは付き物だ。

想定外の事故や事件が起きたり、反対に想定外な嬉しい出会いもある。

ブッチャート・ガーデンに来るのが目的だった今回の旅、

なんと、ビクトリアを立つ前日に、ブッチャート・ガーデンよりも心惹かれる庭に出会ってしまった!



ビクトリアは風光明媚で見どころ満載の街、

ここへ来るのが今回で4回目になった私達も、まだ行ってない場所が一杯ある。

観光案内所でお勧めの場所を尋ねると、アブハジー・ガーデン(Abkhazi Garden)を勧められた。


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(アブハジー・ガーデンへ行く途中、海岸線沿いの散歩道)


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(散歩道から太平洋が見えた)


ビクトリア中心街から車で8分ほどで、「アブハジー・ガーデン」と思われる場所に着いた。

住宅地の中にひっそりと佇むその庭は、入口がうっそうと茂る金鎖の木で覆われ、

駐車場もないので、ここが「園芸家の間で国際的に有名な庭」だと聞いても、俄かには信じ難い。


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半ばキツネに抓まれたような気分で門を開けた私達を出迎えてくれたのは、

樹齢70年という巨大なシャクナゲだった。

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夫の提案で先にティーハウスに行き、庭はその後じっくり見ようということになった。

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(ティーハウス)



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ティーハウスの席はティーカップの収納棚のすぐ傍だったので、

コレクションをじっくり見せて頂いた。

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夫は「アブハジーブレンド」と名付けられた特別ブレンドティー、

私はアールグレイを注文した。


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甘い物はすべて甘さ控えめで、日本人の口によく合う。

甘いものが苦手な夫も美味しいと言った。

プリザーブは、庭で採れたブルーベリーから作られたそうで、

家庭で手作りされたような優しい味だった。



アフタヌーンティーの後、シャクナゲやつつじが満開の庭に出た。

庭は1エーカー(1224坪)なので、ブッチャート・ガーデン(55エーカー)とは比べ物にならないほど小さい。

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だが、この庭には、壮大でロマンチックな恋物語が隠されている。

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グルジア、アブハジー王朝の末代、ニコラス・アブハジー王子は、

ソ連のグルジア侵攻時に父親を殺害され国を追われて、母親と一緒にフランスのパリへ逃れた。

1922年、上海生まれのイギリス人ペギー(Peggy Pemberton-Carter)は、

養母の旅行の付き添いでこの地を訪れ、偶然、亡命中のニコラスと出会う。

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出会ってすぐに惹かれ合った二人は、散歩やギャラリー見学などを一緒に楽しむようになり、

ペギーが上海に戻った後も、二人の共通言語であるフランス語で文通を続けた。


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だが、第2次世界大戦の勃発で、二人は会うことはおろか、手紙の交換もできない状況に陥った。



フランス軍兵士になったニコラスはドイツ軍につかまって、ドイツで捕虜生活を強いられ、

一方、ペギーは旧日本軍支配下の上海で、収容所に送られてしまったのだ。

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1946年戦争が終わり、収容所から解放されたペギーはアメリカ・サンフランシスコに渡った。

その後、カナダのビクトリアに1エーカーの土地を買い求め、小さなバンガローを建てて引っ越した。

ある日のこと、その家に、13年もの間音信不通だったニコラスから手紙が届いた。



手紙には、その年の秋にニコラスがニューヨークに行く予定があり、

その時に会えないものだろうか?と書いてあった。

ニコラスは、ずっとペギーを探し続けていたのだ。



秋、ニューヨークに飛んだ彼女を待っていたのは、ニコラスからのプロポーズの言葉だった。

3歳で孤児になり、運命に翻弄され続けたペギーは1946年11月、

グルジア・アブハジー王朝の末代王子、ニコラス・アブハジーの妻になった。

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アブハジー王朝最後の王子と言えど、

革命や戦争ですべてを失ったニコラスには、王宮と呼べるような家はない。

ニコラスがビクトリアのペギーの家へ引っ越すという形で、二人の新婚生活は始まった。



小さなバンガローに住みながら、二人で暮らせるちゃんとした家を建て、

それから40年間、ニコラスが84歳で亡くなるまで、二人は庭仕事をしながら仲睦まじく暮らした。

その家が現在はティーハウスと呼ばれ、アフタヌーンティーや軽食が出される場所だ。

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(写真右上に見えている家がティーハウス)



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二人の庭は、岩だらけの傾斜地で力強く根を張り、花を咲かせた。

戦争や運命に翻弄され、13年間引き離された後も愛を貫いた王子夫妻のように…

ペギーの回顧録によると、子供のいない二人は庭を自分達の子供だと思って大切に育てたそうだ。



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ブッチャート・ガーデンは大好きだが、高い入場料を取って観光客を集める「観光用の庭」という印象は否めない。

一方、この庭は、人に見せるためでなく、子供を慈しむように大事に大事に育てられた庭、

華やかさは劣るかもしれないけれど、人を包み込むような温かさがあった。


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(アブハジー王子夫妻)


アブハジー・ガーデンのウェブサイトはこちら→ Abkhazi Garden



バンクーバー島旅行記はこれで終わりです。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


それでは皆様、幸せな一日をお過ごし下さいね!


読みに来て下さる方にいつも励まされています。
ありがとうございます。

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by mimozacottage | 2018-05-18 03:13 | 旅行(カナダ) | Comments(16)