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コスタリカ旅行7:帰国とその後



慌てて予約したサンホセのホテルは町の中心にあって、

1階にカジノがあり、騒がしい声が夜中まで聞こえてくるような三流ホテルでしたが、

それしか空きがないので、仕方ない。



乾いたマットレスに温かい毛布、そして普通に綺麗なタオルがあったので、それだけで満足、

私の病状は酷くなっていたので、なるべく移動しなくて済むように、

最後の日を除いて、同じホテルに3連泊することにしました。



この頃、自分の病気はただの風邪ではなく、

数年前罹ったインフルエンザにそっくりだと気付きました。



熱とだるさで食欲がなかった私のために、夫は温かいスープを買ってきてくれたり、

(部屋にはお湯を沸かすポットもお茶もなかったので)ホテルから熱いお湯をもらって、

コンビニで買ったティーバッグで紅茶を作ってくれました。



サンホセに着いた日の翌日、夫がコンビニに買い物に出た後、

寒気がして我慢できないので、湯船に入って体を暖め、

パジャマを着終わったところで、突然、ふわ~っと気が遠くなりました。



その直後、背中に鋭い痛みが走って、

ふと気が付くと、私は床に倒れていて、シャワーカーテンが体の下にありました。

そばには、シャワーカーテンを吊るしてあったポールも落ちています。



何が起こったのだろう?



そんなことになったのは生まれて初めてで、何が何だかわかりません。

その場の様子から判断すると、バスルームの鏡の前で気を失い、

背中の後ろ側にあったシャワーカーテンと一緒に仰向けに倒れて、湯船の淵で背中を打ったのでした。



夫もいないし、助けが呼べないので、這うようにしてベッドまで戻り、

横になったまでは覚えていますが、それから後の記憶はありません。



気が付くと、夫が心配そうに私の顔を覗き込み、

「病院へ行く方がいいんじゃないか?」と言ったのですが、

その時は病院へ行く気力も体力もない気がして、首を横に振って目を閉じ、

そのまま2日間、昼も夜もこんこんと眠り続けました。



時々目が覚めると、夫が枕元に運んでくれた温かい紅茶で喉を潤し、

子供達が幼かった頃の思い出や、

数年前インフルエンザで亡くなった、夫の親戚のことが頭に思い浮かんでは消えて行きました。



2日間ぐっすり眠ったのが功を奏したのか、帰国予定前日には熱が下がり、少し体力が戻ったので、

最初の予定通り、空港近くのアメリカ系チェーンホテル、Marriottに移動、

それまでのホテルとは全然違う快適さを味わって、ホッと一息つきました♡


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(マリオットホテルのロビーで演奏をする地元の楽団:
夫が一人で観に行って写真を撮って来てくれました。)



熱は下がったものの、病み上がりに2つ飛行機を乗り継いでの帰国はほんと辛くて、

乗り継ぎのロサンゼルス空港では、夫が「車椅子を借りた方が良いんじゃないかな?」と言いました。



車椅子に乗るなんて、ほんとのおばあさんみたいで、「自分で歩けるわよ。」と歩き始めたものの、

途中で苦痛になって、やっぱり車椅子を頼めばよかったと思うほど、足が重くて重くて…



やっとの思いでシアトル行きの飛行機に乗り、

他の人にうつしてはいけないと咳を我慢するのは大変でしたが、

もうこれでやっと家に帰れると思うと…喜びもふつふつと湧いてきました。

(後で調べてみると、その時はもう感染時期を過ぎていましたが、
感染時期は、呼吸をするだけで人にうつしてしまうそうです。)



体力も気力も消耗し尽くしたのか、家へ帰ってからしばらくの間は、

ゾンビのようになって全身の力が抜け、生きる気力も失せて、何日間もぼ~っと過ごしました。



「なんか、生きる気力がないの。」夫に言うと、

「俺は君に生きてほしいよ。

春になってガーデニングができるようになったら、また生きる喜びが湧いて来るから、

それまで一緒に頑張ろうよ。」と言いました。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




コスタリカ旅行記はこれで終わりです。



この経験を通して、インフルエンザの季節には旅行を控えること(特に空の旅)、

普段の運動や食事に気を付けて、体を冷やさないことが大事だと思いました。



また、インフルエンザの予防接種をしていた夫は比較的軽い症状で済んだので、

今後は予防接種を考えてみるべきかな?と思うようにもなりました。

(予防接種の副作用で過去2回も死にそうな目に遭ったので、簡単には決断できかねますが。)



そして、コスタリカにいる時、お粥と梅干とみそ汁が食べたくても食べれなかったことが、

トラウマのようになって、今でも毎日お粥、梅干、みそ汁の朝ごはんが続いています。

日本の食べ物と医療制度の良さを改めて認識しました。



最後に…沢山の人がコスタリカは綺麗だ、素晴らしい国だと仰っています。



私達もインフルエンザに罹らなければ、もっといい旅ができたはずだし、

また、私達が見ることが出来なかった素晴らしい点が一杯あると思うので、

この旅行記を読んだだけで、「コスタリカに行くのは止めておこう。」とは思わないで下さいね。



ここまで読んで下さって、ありがとうございます。



それでは皆様、幸せな一日をお過ごし下さいね!


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by mimozacottage | 2018-02-28 03:51 | 旅行(中米)

コスタリカ旅行6:インフルエンザ+土砂崩れで山越え


カウイータ国立公園を観光した日の夜、頭が痛み始めた。

眠ろうとしても、ガンガン痛む頭と湿ったマットレスのせいで眠れそうもない。

家に帰りたい、家の温かいベッドで休みたい…痛切に思った。



夫から勧められた風邪薬を飲んで、やっと眠りに着いたが、

夜中、屋根を激しく打ちつける雨の音で目が覚めた。



バスルームに行くと、天井からぽたぽた雨漏りしてて、床の上に小さな水たまりが出来ていた。

そのホテルは4泊の予定だったが、あと2泊もこんな所で過ごすなんて耐えられない。

雨漏りのするバスルームは寒気がするし、惨めで泣きたくなった。



翌朝、夫も「ヨーロッパ旅行の時は、テープを巻き戻しするようにゆっくり時間を楽しみたいと思ったけど、

今はテープを早送りして、さっさと家に帰ってしまいたい。」と言う。



支払い済みの宿泊料を全部無駄にしても、このホテルを出て別のホテルに移りたい。

夫がホテルのマネージャーにそれを伝えに行くと、

向こうから先に、この土砂降りはあと2日続くので、

もし私達がここを出て他の町へ行きたいのだったら、残り2泊分の宿泊料は返すと言ってもらえたそうだ。



夫は、私の体力がもつなら、サンホセまで戻ろうと言う。



私は咳と頭痛でぐったりだったが、2時間余り車に座っているだけなら、

何とか我慢できるのではないかと思った。

とにかくこのホテルを出て、乾いたマットレスのある普通のホテルに移りたい。



幸い、夫の症状は私よりずいぶん軽かったので、

正午前、彼の運転でサンホセに向けて出発した。

出発から2時間くらいまではほとんど渋滞もなく、何もかもスムーズだった。



「よかった!サンホセまであと3、40分で着きそうだよ。

ホテルに着いたらすぐに休めるから、もうちょっと頑張ってね。」



夫はそう言って励ましてくれたが、それから5分もしない内に前の車がノロノロ運転になった。

少し行くと長い渋滞ができていて、渋滞の先頭は見えない。



どうなっているんだろう?



沢山の車がこっちへ引き返してくるので、こっち側の人達は引き返してくる人達にスペイン語で何かを聞き、

聞かれた人達は何かわめきながら通り過ぎる。

すると、ほとんどの人が方向転換して来た道を引き返していく。



私達には何が起こっているのかわからない。

「英語が話せる人はいないかな?どうしたらいいんだ?」夫が言うので、

「”¿Habla inglés?” (スペイン語:英語が話せますか?)って聞いたら、英語を話せる人は答えてくれるよ!」と私は言った。



すると、一人の人が英語で答えてくれた。

「この道は土砂崩れで通行止めだ。回り道でサンホセまで行く道が一つあって、

大分遠くなるけど…その道を行くしかない。」



もう少しでサンホセに着き、ベッドに横になれると思ったのも束の間、

またこれから、知らない道を回り道で行く?

…体力はギリギリ、頭は割れそうに痛んだので、それを聞いてゾッとした。



夫「でも、一体何処にそんな回り道があるんだ?このGPSは高速しか載ってないよ。」

「ほらあそこ!長い列になってるから、あれについて行けばいいよ、きっと。

だって、私達みんなサンホセに行くつもりで、同じ高速に乗ってたんだから。」

高速を下りたところの長い車列を指して、私は言った。



後でわかりましたが、その道は山を越えてサンホセまで行く道でした。

高い山の頂上まで曲がりくねった道をのろのろ運転で上って行って山を越え、

またくねくねと曲がった道を下りてくるのです。



車の中からたまにチラチラと見えた山の景色は絶景でした。

珍しい花も見えたので、写真を撮りたかったけど、

体がだる過ぎて、足元に置いたバッグからスマホを取り出すこともできません。



山の頂上付近では、動物園で見たのと同じ小さな黒いサルが10匹ほど群れになって、

道端にしゃがんでいるのも見えました。

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(これは動物園で見た猿ですが、これと同じ種類の野生の猿でした)



こんなに綺麗なところ、今まで見たことがない!と思ったけど、体が…

美しい花や野生の猿を目前にして、写真に撮れないのは残念だったが、もうそれどころじゃない。

私は割れそうに痛む頭痛に耐えるのが精いっぱいで、時々唸り声を上げて気を紛らせた。


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これは山を下りて来る途中、夫が「あッ!」と叫んだので、

「えっ?何?」必死でスマホを取り出してシャッターを切った唯一の写真です。

滝は泥水になってゴウゴウと流れていました。



雨で前が見えず、急カーブの多い細い道、後ろの車はみんな焦って迫って来るし、

夫はいつ事故になるか?と怖かったそうです。



結局、その山越えに要した時間はなんと4時間半、

Limón(リモン)を出発して合計6時間半、私達はやっとの思いでサンホセに辿り着いたのでした。

コスタリカ旅行7(最終回)に続きます。



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by mimozacottage | 2018-02-25 07:27 | 旅行(中米)

コスタリカ旅行5:ホテルの部屋で困ったこと+海辺の国立公園


カリブ海のビーチを散歩した後、

部屋に戻って休む支度をしていると、気になることが幾つかありました。



その1つはバスルームに掛かっているフェイスタオル(バスタオルも)、

古くて黒ずみ、ほつれた糸が数か所からだらりと垂れていて、

家で雑巾用に使っているタオルと変わりがない。



「タオル、もっと綺麗なのに代えてもらおうよ。」と私が言うと、

「アメリカからやって来た旅行者が貧しい国で威張っているみたいだ。

そんなこと恥ずかしくて、頼めないよ。」と夫が言います。



私はよそのお宅に泊めて頂く時、新品の真っ白いバスタオルを出されると勿体なくて恐縮するし、

新品のタオルを雑巾に縫ったこともない。

自分のことを神経質でも潔癖症でもない、平均的な日本人だと思う。

だけど無頓着な夫と違って、雑巾のようなタオルで顔を拭く気にはなれない。



もう一つ気になったのは蚊がいたこと…幸い、夫も私も一匹ずつ叩いて解決しました。

一番問題だったのは、ベッドのマットレスが湿気でジトッとしていること。



夕方から激しく降って来た雨で気温が下がってきたのか?…夜になると寒気がするし、

ベッドに横になっても、ジトッとしたマットレスが冷たくて眠れそうもない。



暖房でも入れれば、少しはマットレスが乾くかな?と

部屋のエアコンの温度を24℃に設定して休んだら、夜中に寒さで目が覚めた。

24℃に設定したはずのエアコンは冷房がガンガンに効いて、部屋が冷蔵庫のようになっていたのです。



どうして、こんなことに?…エアコンをよく見てみると、

冷房の機能しかないことに気づきましたが、時、既に遅かりし…

翌朝になると、夫の風邪は本格的になっていて、私にもうつっていた。

その時は夫も私もただの風邪だと思っていたので、2、3日で治るだろうと軽く考えていました。



その日、朝のうちは昨夜から続く集中豪雨のような激しい雨、出かけようにも出かけられなかったのですが、

昼になって晴れ間が出たところで、

「折角こんな所までやって来て、どこにも行かないのはつまらないよ。」

夫が言うので、観光に行くことにしました。



パナマ国境辺りに世界遺産があるので、出来ればそこを訪ねたかったのですが、

その時の夫の体調では運転が大変なので、海岸沿いを30分程走った所にあるカウイータ(Cahuita)国立公園に行きました。

大きな公園で維持が大変だと思うのに、入場料は無料で寄付金だけでした。

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コスタリカは自然保護に熱心な国で、環境への配慮は世界中から高い評価を受けています。

だから、こういう所に出す寄付金はちっとも惜しくない。



公園内には、黄色いへびやラクーン、ナマケモノ、猿等、動物達が自然のまま生息していて、

ラッキーだったら動物達に会えるらしくて、それも楽しみでした。


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落ちていた椰子の実から新たな芽が出ています。

こうやって命が引き繋がれていくのですね。

動物もいいですが、自称ガーデナーの私はこんなのを見ると鳥肌が立ちます。



散歩道を歩いていると、

頭上から鳥の声とはちょっと違う、動物のような鳴き声が聞こえて来ます。

目を凝らしてしばらく上を見上げていると…ラッキー!

ゴリラかチンパンジーのような猿の親子連れ?が、高い木の上に座っているのが見えました。


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少し先を歩いていた夫を呼び戻して、「あそこにサルがいるよ。」木の上を指すと夫は大喜び、

望遠レンズ付きカメラを出して、写真を撮ってくれました。



その時スペイン語に交じって、ドイツ語、フランス語、オーストラリア訛りの英語を話す人達が、

リスの写真を撮りながら傍を通り過ぎましたが、私達が見つけた大物には誰も気づかないようでした。



他の人に教えて上げたいような気もしましたが、

その時私達は風邪のせいか、誰かと関わり合うのが面倒臭くて黙っていました。



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帰り道、ローカル色の強い鄙びたカフェを見つけたので、

遅いランチにしました。

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庭に大きく茂っていたアボカドの木

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色鮮やかなサラダ、綺麗でとても美味しかったです。

コスタリカ旅行6に続きます。




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by mimozacottage | 2018-02-22 07:09 | 旅行(中米)

コスタリカ旅行4:憧れのカリブ海



コスタリカ3日目はサンホセのホテルを引き払って、レンタカーで西の方へ移動、

カリブ海に面した町、リモンを目指します。




首都サンホセからリモンまでは、

熱帯雨林の山を通り抜ける高速で2時間余りだと聞きましたが、

途中道路の渋滞があったので、4時間半くらいかかりました。




コロンブスが最初にアメリカ大陸にやって来た時、辿り着いたのがこの町で、

一時はヨーロッパにコーヒーを運ぶための港町として栄えました。

私達がここへ来た理由はカリブ海が見たかったからです。




「設備が整った近代的なホテルより、ローカル色があるもの」

という条件で選んだホテルは、南国情緒に溢れた美しいホテルで、

庭先はカリブ海のビーチに続いているという抜群の立地条件でした。




スタッフの方も皆ビックリするほど親切で、文句無し。

驚いたことに、スタッフ全員(一人だけを除いて)英語が全く通じなかったのですが、

語学ヲタの私達夫婦にとっては、面白い経験でした。




宿泊料はほぼアメリカ並みだったので、

外観やインテリアはアンティークでも、中は快適なのだろうと勝手に予測したのですが…

それは大間違いだったと後で気づきました。




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(私達の部屋の玄関ポーチ)



チェックインを済ませると、風邪気味だった夫は部屋で一休みしたいと言うので、

私は一人で、庭の向こうのビーチまで散歩に出かけました。


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散歩道は途中から地面が砂に代わって、ヤシの木が生い茂るビーチに続いていました。


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♪~ 名も知らぬ遠き島より、流れ寄る椰子の実一つ

故郷の岸を離れて 汝(なれ)はそも波に幾月~♬

(椰子の実:島崎藤村)


昔、学校で習った歌が自然に口をついて出てきました。




でも、一人ぼっちで故郷の岸を離れ、

ここまで流れ着いたのは椰子の実ではなくて、この私…

椰子の実はここが故郷で、仲間がそこら中にゴロゴロ転がっています。




椰子の林の向こうに、長年憧れ続けたカリブ海が見えました。

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「ついにカリブ海にやって来たんだ~!ああ、この景色…子供達に見せたいな~!」

遠い国に住む子供達に思いを馳せました。




子供達が小さかった頃、我が家はあちこち旅行に連れて行ってやれる環境ではありませんでした。

それから随分と時間が経って、今の夫と再婚し、二人で世界中を旅するようになると、

旅先でいつもそれを思い出して(子供達はとっくに成人していますが)、心の中で涙するのです。




部屋に戻ってみると、夫はまだ休んでいたので、

ポーチの椅子に座って、スペイン語を勉強しながら彼が起きて来るのを待ち、

ホテル内の小さなレストランで一緒に夕食。


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サンホセのレストランで隣り合わせた人に、

「リモンに行ったら食べてみると良いよ。」と勧められたビートライスを食べてみました。

野菜が無くてカーボ多💦 お味の方はまあまあだったかな?




夕食後、夫と一緒に真っ暗なビーチを散歩して、

「明日はここへワインを持って来て、夕焼けを見ながら飲みたいね。」

「おっ、いいね~!そうしよう!」




そんな楽しい会話をして、部屋へ戻ったのですが、

その夜、困ったことが起きて、「夕焼けのワイン」計画は夢の彼方へ消えたのです。

(コスタリカ旅行5に続きます。)




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by mimozacottage | 2018-02-20 10:25 | 旅行(中米)

コスタリカ旅行3:コスタリカの歴史



コスタリカ2日目、動物園の後は、コスタリカの歴史を学ぶために国立博物館へ行きました。

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コスタリカはアメリカ大陸のちょうど真ん中辺りにある細長い国。

九州と四国を合わせたくらいの国土に、500万人足らずの人が住んでいる小さな国ですが、

歴史は古く、紀元前3000年~2000年頃の遺跡が残っています。


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先住民は狩猟や農耕を基本とした素朴な生活を営んでいましたが、

16世紀初頭、スペインの探検家コロンブスの到来によって、この国の歴史が大きく変わりました。

征服の過程でヨーロッパからもたらされた疫病や大量殺戮により、

推定40万人とされていた先住民の人口は、17世紀の初めには1万人に激減したのです。



それから300年ほどはスペインの植民地でしたが、人口の激減で産業が生みだせず、

スペイン領の中では最も孤立した貧しい場所でした。



19世紀に入ってスペインから独立、コーヒーやバナナを基盤に経済的に発展しました。


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(何キロも続くバナナプランテーション)



20世紀に入ると、内戦や2つの世界大戦に巻き込まれましたが、

第2次世界大戦後は民主主義が根付き、1949年には軍隊を廃止。

「永世中立」を宣言して、「中米のスイス」と呼ばれるようになりました。



近年では環境に配慮したツアーリズムの開拓と治安の良さで、観光客が世界中から訪れ、

特にアメリカ人の間では、コスタリカをリタイヤ先に選ぶ人が増えているそうです。



博物館を見学しているうちに、夫はどんどん元気がなくなってきました。

「風邪がシンドイの?」その日の朝から、風邪の症状が出ていたのです。

「いや、白人のすることは本当に酷いと思ってね…落ち込んでしまうよ。」

「そうだね…じゃ、ここを出て街を歩いて気分を変えようよ。」



赤信号でも平気で突進してくる車や、道路のゴミをよけて歩くのに四苦八苦したり、

中華街では、中華っぽい店が3~4軒あるだけで、残りは全部ラテン系だったので笑えてきたり、

「ステッペンウルフ」の看板があったパブに入ってビールを飲んだり、

道行く人や屋台の人達とスペイン語であいさつを交わしたり…


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楽しくも混とんとした街を2時間ほど歩いた後で、

結局、夕食は前日と同じ、ローカルフードのレスランへ行きました。


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この日、私達が注文したのは、シーフードの盛り合わせ、

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これで2人分です。



この頃になると、スペイン語を使うのに結構慣れてきて、

食べ物を注文したり、美味しかったとか、お腹いっぱいとかそんなことも言えるようになって、

ウエイターさんに褒められました。(〃▽〃)ポッ

(スペイン語の母音の発音は日本語と同じ、日本人にとっては英語より簡単です。)



ちょうどその時、前日のウエイターさんが私達に気づき、

「おや!今日も来て下さったんですね!

今日はこのテーブルの係じゃないんですが、あなた達にお会いできてとても嬉しいですよ!」

わざわざ私達のテーブルまで話しに来て下さったので、4人で盛り上がりました。



美味しいものを食べ楽しい時間を過ごしたせいか、

夕食が終わった頃、夫はすっかり元気になっていました。

コスタリカ旅行4に続きます。



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by mimozacottage | 2018-02-15 11:00 | 旅行(中米)

コスタリカ旅行2:珍しい動物&カラフルな鳥



コスタリカ2日目は近辺を散歩した後、サンホセ市内の動物園と国立博物館に行くことにしました。

地図を見ながら動物園を探していると、

英語やスペイン語で「どこへ行きたいの?」「道に迷っているのではないの?大丈夫ですか?」

ちょっと歩くだけで、沢山の人が親切に話しかけて下さいます。



治安の良さや自然の美しさ等良い評判を一杯聞いたにもかかわらず、

実際コスタリカに来てみると、道路のゴミとホームレスの人が多くて正直ガッカリしたのですが、

人々の親切さは半端じゃない。この国の色んなマイナス面を補って、余りあるほどでした。



さて、しばらく迷った後で、やっと動物園の近くまで来たのですが、

どうしても入口がわからず、困り果てたところで、

小さなカフェを見つけました。



「ここで行き方を聞けるかもしれないから、寄っていかない?」私が言うと、

夫は「カフェの人が英語全然ダメだったら、何にもならないじゃないか。」と言います。



困った時、妙に肝が据わる私は、「いいのいいの、ダメ元でやってみるのよ。」

それに密かに…折角スペイン語の講座を取り始めたのだから、

コスタリカではなるべく英語を使わず、スペイン語でサバイバルしたいと思っていたのです。



"¡Hola! ¿Habla inglés? ” (こんにちは! 英語が話せますか?) 対応してくれた若い男性に聞いてみると、

「はい、話しますよ。」まるでアメリカ人かと思うような流暢な英語が返ってきました。

スペイン語でサバイバルしたいと言いながら、内心「あ~、助かった!!


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店長さんお勧めの『苺とパイナップルのスムージー』を頂きました。
色が綺麗で美味しかった♡



彼の英語はあまりに発音が綺麗なので、一体何処で勉強されたのだろう?と話を伺うと、

お母さんが英語を話され、家では英語で話しかけられることが多かったとのこと、

そしてなんと!ワシントン州の Wala Walaという町に従兄弟さんが住んでいて、

英語を勉強するために3か月滞在したそうです。



Wala Walaは我が家から約4時間の距離にあるワインの町です。何という偶然でしょう!

私達がワシントン州から来たと言うと、男性(後で店長さんだとわかりました)は目を輝かせ、

地図を使って動物園の入口を詳しく説明して下さった上、

「この店は8時まで開いているので、困ったことがあればいつでも訪ねて来て下さい。」と言って下さいました。



無事動物園に着くと熱帯植物が一杯、結構自然に近い形で動物が飼育されていたので楽しめました。


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(今にも咲きそうなバナナの花)


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コスタリカに生育しているサル

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アナグマ…可愛かったです♡

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綺麗な緑色のオウム

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目が覚めるような色のオウム

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ワニ:寝てばかりだから、背中にも苔が生えたのかな?

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顔はネズミか象のよう、体は牛のような不思議な動物は、

夢を食べると言われている伝説の動物に似ているので、日本語では「獏」、

英語では「Tapir(テーパー)」というのだそうです。



動物園の後は国立博物館に行ったのですが、長くなったので今日はこの辺で…

「コスタリカ旅行3」に続きます。



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by mimozacottage | 2018-02-12 04:03 | 旅行(中米) | Comments(12)

コスタリカ旅行


コスタリカ旅行に出発したのはアメリカ時間で1月9日(火)の午後でした。

シアトルからコスタリカへの直通はないので、最初にLA(ロサンゼルス)まで飛び、

数時間の待ち合わせの後、コスタリカ行きの飛行機に乗り替えたところで日付けが変わりました。



LAとコスタリカの時差は2時間、

飛行時間は5時間余りですが、飛行中にコスタリカ時間に変わったので、

コスタリカの首都サンホセ空港に着いたのは朝7時半でした。



入国や関税手続きを終え、ATMで現地の通貨コロンを引き出し、

40分ほどタクシーに乗ってホテルに着いた時は午前10時前、



こんな時間にチェックインできるかどうか心配だったのですが、

部屋の用意はできているとのことで、直ぐに部屋に入れてもらえました。

飛行機の中で一瞬ウトウトしたものの、一晩中ほとんど眠っていなかったので大助かりでした。


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(値段はアメリカの2/3くらいで、広いいリビング&ダイニングルーム付き)



この時はまだ、旅行の緊張というか興奮状態で、すぐに眠れるとは思わなかったのですが

ベッドに入るとバタンキューで2時間余りぐっすり眠り、

目が覚めてから、夫と二人でホテル近辺の探索とランチに出かけました。


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(エキゾチックな雰囲気のレストラン)


二人共アメリカに長く住んでいても、カナダに行く以外は合衆国を出たことがなく、

中米も南米も全く見たことがなかったので、

ホテル近辺を歩くだけで異国情緒を感じて、気分が高まりました。


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(ヘミングウェイの名前が付いたペンション:
ヘミングウェイ所縁のある建物かと思っていろいろ調べてみましたが、そうではないようです。)



散歩の途中で、私はまたもや強烈な眠気に襲われたので、

先にホテルに帰ってお昼寝、目が覚めると夕方になっていました。




夕食はローカル料理が食べたくて、ホテルの人に紹介されたレストランまで歩きました。

途中、小さなお土産屋さんが百軒以上も立ち並ぶ商店街を歩いていると、

突然「ニーハオ」と挨拶されたり、「こんばんは」と言ってくれる人もいてビックリしました。




コスタリカでは東洋人はほとんど見かけないので、私の顔が珍しかったのでしょう。

通りがかったパブでは、日本語の看板を見つけたので写真を撮りました。


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だけど…「ステッペンウルフ」とは一体何ぞや?



夫に質問すると、ビール通の彼はちゃんと知っていました。

ビールの銘柄の一つで167.png

ドイツの哲学者「ショーペンハウエル」に因んでこの名が付けられたのだそうです。



「なかなか美味しいよ。」と夫は言いますが。

でもこの看板を見て、「あ、あのビールだ!」と分かる日本人の方は一体何人いらっしゃるのでしょう?

なんか日本語で書いても意味がないような…(^^;)



さて、私達が行ったのは地元を代表するレストランらしく、(英語を話す)外国人客が沢山いて、

外国の国旗が沢山飾ってありましたが、日本の旗は見当たりませんでした。

日本人の観光客はやっぱり少ないのかな?


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私が注文した料理、名前は忘れてしまいましたが、

お皿代わりのバナナの葉が異国情緒を誘い、味もとてもよかったです。

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コスタリカ旅行2に続きます。



それでは皆様、幸せな一日をお過ごし下さいね!


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by mimozacottage | 2018-02-09 04:43 | 旅行(中米)

「赤毛のアン」の島6 モンゴメリが眠る墓地と遺族の決断


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小雨や曇りの日が続いたプリンスエドワード島(Prince Edward Island: 以下PEI島)滞在3日目、

空は抜けるような青でした。夫が言います。

「PEI島は広いから見てない所が一杯あるよ。島の観光に行こうよ。」

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(私達のロッジの庭にやって来たキツネ)




実は私は別のことを考えていたのですが、

前日はアンの家とモンゴメリ住居跡で4時間半も過ごして、夫に十分付き合ってもらったので、

今度は彼のしたいことをする順番だと思い、夫が行きたい所へ観光に行くことにしました。



島の南にあるアケイディア(フランス系移民)の多く集まった村や、名前を忘れた可愛いレストラン、

PEI島独特の赤い道がどこまでも続いている草原など、

島の美しさを目の当たりにして、憧れのPEI島にいるんだと実感しました。




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(アンとマシューを乗せた馬車が今にも見えてきそうなPEI島の赤い道)


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モンゴメリが「プリンスエドワード島は世界で一番美しい場所」と形容した通り、

何処も彼処も本当に美しい所でした。



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PEI島はシーフードが美味しいと聞いていたのですが、

中でもロブスターとムール貝は信じられないほど安くて美味しいです。

いきなり現実的な話で申し訳ないですが、ロブスターは1Kgが約500円程、ムール貝はさらに安かったです。

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ロッジ近くのビーチでもムール貝がゴロゴロあって、踏まずに歩くのが難しいほどでした。

私達は地元の人が行くスーパーで野菜やシーフードを買って、

2日目の夜からレストランへ行かないで、自炊しました。

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夫と一緒に観光や夕焼けのディナーを楽しむ一方で、

私の心に沸々ともたげて来るものがありました。



「モンゴメリの墓地にお参りして、冥福を祈りたい…」

だけど、PEI島に一緒に来てくれて、もう十分付き合ってくれた夫を

これ以上引っ張りまわすのは悪い気がしたので、そのことを口に出せずにいたのです。

「彼はそこまではしたくないだろうな…。」

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そのまま3日目が過ぎ、4日目…翌日はPEI島を離れるという日の午後、

観光を終えロッジに帰る途中で、給油するためにガソリンスタンドに立ち寄りました。

夫がガソリンを入れている間、何気なく外を眺めていると、通りの向こうに村の墓地が見えました。



ゲートに書いてある文字を読んでみると、こう書いてあったのです。

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「L・ M・モンゴメリが眠る場所」

「嘘でしょう~!?」あまりの偶然に鳥肌が立ちました。



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ゲートから少し離れた場所に、ゼラニウムとアリッサムで飾られた一角があったので近づいてみると、

「ユーアン・マクドナルド」と書いてある墓石に、小さくモンゴメリの名前も見えました。



モンゴメリの夫ユーアンは妻が亡くなった1年後に亡くなりました。

モンゴメリが愛したPEI島のキャベンディッシュ(「赤毛のアン」の中ではアヴォンリー)の墓地で、

二人は静かに眠っています。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆☆☆☆☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・




私達がPEI島を旅したのは2013年9月3日~7日、今から4年4か月前のことです。

この旅行記を書く前に、「赤毛のアンの島」5でジェニーさんから聞いた話の裏付けを得るために、

モンゴメリの孫娘ケイトさん(Kate Macdonald Butler)が2008年9月に発表したエッセイを読んでみました。



ケイトさんは、モンゴメリが亡くなった時に駆けつけた三男スチュアート(医師)の娘さんです。

彼女自身はモンゴメリが亡くなった後に生まれたので、面識はないそうですが、

大人になって、父親から祖母モンゴメリの自死に関する話を聞いたそうです。



そのことは長い間家族だけの秘密だったそうですが、

モンゴメリを助けられなかったことで、長い間苦しんできた遺族の方々は、

2008年「赤毛のアン」出版100周年を迎えて、彼女の本当の死因を世間に公表する決断をしました。



決断に至った理由は、

「心を病むのは特殊な人々ではなく、誰にもその可能性がある。

世界的名作を生んだ人気作家であっても例外ではないのだ。」と、

多くの人が知ることによって、心の病に対する偏見が少なくなり、

病に苦しむ人達が助けを求められやすい社会になるのではないか?と考えたからだそうです。



モンゴメリが自分一人で苦悩を抱え込まないで、誰かに助けを求められることが出来ていたら…

或いは心労が酷くなる前に、愛するプリンスエドワード島に帰って来ることが出来ていたら…
(当時住んでいたのは、カナダのトロント市)

彼女は悲惨な最期を迎えずに済んだかもしれません。



モンゴメリは「世界中に夢と希望を与えることができても、自分自身は不幸だった作家」と言われていますが、

彼女が偉大な作家だったという事実に変わりはないし、

私にとっては、今までもこれからも憧れ続ける、永遠に素晴らしい女性です。




「赤毛のアンの島」これで終わりです。


*4回に分けて書こうと思った旅日記ですが、

書き始めると、聞いた話やエピソードが一杯あって6回に膨れ上がってしまいました。

長い旅行記を読んで下さって、本当にありがとうございました!



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by mimozacottage | 2018-01-08 08:14 | 赤毛のアン | Comments(10)

「赤毛のアン」の島5~アンとモンゴメリ


モンゴメリの従兄半(従兄弟の子 ”従兄弟違い”とも呼ばれる)ジョンさん*に別れを告げ、

ジョンさんの奥様、ジェニーさんが経営される本屋さん(ウエブサイト→モンゴメリの家)へ向かいます。

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手入れの行き届いた芝生と可愛らしい花が咲く庭、

爽やかな気分で散歩道を歩いて本屋さんに着きました。

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本屋さんの素朴な建物は、元はモンゴメリの祖父が経営していた郵便局でした。

祖父が亡くなった後、モンゴメリは祖母のアシスタントとしてここで働きました。


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この建物で本屋さんを経営するジェニーさんは毎日休まず、

訪問客に向けてモンゴメリの生涯について話をされています。(冬場は予約がいるそうです。)

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(ジェニー・マクネイルさん)



この箱はモンゴメリが働いていた当時のまま保存されている郵便箱で、

「赤毛のアン」をはじめ、初期のモンゴメリ作品の原稿は全部この中に投函されました。



「赤毛のアン」は出版されると同時に熱狂的に迎え入れられ、モンゴメリは一躍世界的な有名作家になりましたが、

出版に漕ぎつけるまでの道のりは厳しく、原稿は何度も出版社から送り返されたのです。



自尊心の強いモンゴメリがそれでも諦めず、原稿を送り続けたのは、

郵便箱の仕分けをする仕事が彼女自身であったため、村の誰にも知られることがなく、

出版社から返された原稿を受け取り、また別の出版社に送ることができたからだそうです。



上の写真は、ジェニーさんがちょうどその話を説明されている所です。


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(郵便箱の横のガラスケース: 人形のアンとダイアナがお茶をしている)




「赤毛のアン」の主人公アン・シャーリーは作者モンゴメリの分身だったと言われ、二人には多くの共通点があります。

幼くして親を失ったこと(モンゴメリの場合は1歳9か月で母を亡くし、父は幼い娘を祖父母に託す)、

色々な逆境を想像力で乗り越えようとしたこと、



アンが優秀な成績で学校を終えたように、モンゴメリも優秀な成績で学校を終え教師になりました。

アンが男性に人気があったように、モンゴメリにも幾つかのロマンスがありました。



厳しいながらも愛情深くアンを育てるマリラは、モンゴメリを育てた祖母がモデルだと言われていますが、

アンがマリラを大切にしたように、モンゴメリも祖母を大事にしました。

自分の結婚よりも彼女との生活を優先させて、祖母が亡くなるまで独身を通したのです。

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(ルーシー・モード・モンゴメリ:
Borrowed Image from Lucy Mode Montgomery Cavendish Home)



しかしながら…アンとモンゴメリの大きな違いは、その後の結婚生活です。

幼馴染のギルバートと結婚して幸せな家庭を築いたアンと違って、モンゴメリの結婚は幸せではありませんでした。



モンゴメリが35歳の時に結婚した夫、ユーアン・マクドナルド牧師には深刻な精神疾患がありました。

長時間虚ろな目で宙を見続ける彼は仕事や家庭の責任が果たせず、

モンゴメリの肩にすべてがかかった上、



彼女や子供を否定する発言を繰り返したり、

薬局の投薬ミスをモンゴメリのせいだと思い込み、彼女を殴打する等DVもあったそうです。



鬱病の夫ユーアンの世話をしているうちにモンゴメリ自身も鬱病を患い、

睡眠薬や抗うつ剤を常用するようになりました。

1942年4月24日、家族に許しを乞う手紙を書き残し、ベッドで亡くなっているのが発見されました。



駆けつけた2人の医者(うち1人はモンゴメリの3男スチュアート、もう1人は地元の医師)の所見によれば、

薬物過剰摂取による自死だったのですが、

遺族の心情を慮った地元医師が別の病名(冠状動脈血栓症)を診断書に書き、検視は行われなかったそうです。



出版社に印税を騙し取られて訴訟になったこと、二つの世界大戦や大恐慌、スペイン風邪の流行等、

モンゴメリの周辺には、心労になる原因が少なからずあったようですが、

一番の原因は、夫ユーアンとの不幸な結婚生活だったと言われています。



モンゴメリは人前で家庭の悩みを一切口にせず、いつも微笑みを絶やさなかったそうです。

自分の悩みを誰にも言えず、助けも求められず、

たった一人で悩んで、心労を深めていったようです。

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(世界中から集められたアンの本が展示されている棚)



私は長い間憧れ続けた作家のあまりに悲しい最期を聞き、

胸が押しつぶされそうでした。

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夫と私は、来る時とは全く違う重い足取りで本屋さんを出て、来た道を戻りました。

モンゴメリが愛した庭には、英語とフランス語でこんな言葉が書かれています。



「喜びをもたらしてくれる私の庭…私は花の中でダンスしているわ、一番愛らしい花が沢山咲いている中で。

私の一番の楽しみは朝、庭に出て、夜の間に蕾が開いた新しい花を見ることなのです。

ルーシー・モード・モンゴメリ」


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人一倍命を慈しみ、生きていることの喜びや美しさを世界中に伝えた作家が、

自らの手で命を絶つことになった皮肉、理不尽さ、やるせなさ…

重い心で私達はアンの家の前を通り過ぎ、宿泊先のロッジに帰りました。


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アンの島6(最終日)に続きます。


*アンの島4の中で、私に温かい言葉とハグを下さったジョン・マクネイルさんは昨春お亡くなりになり、
奥様のジェニーさんと息子のデビッドさんが住居跡を管理しておられるそうです。

*ジョンさんはモンゴメリの従弟さんではなく、ジョンさんのお父様とモンゴメリが従兄妹同士でした。
訂正してお詫びします。



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by mimozacottage | 2018-01-05 04:15 | 赤毛のアン

「赤毛のアン」の島1~プリンスエドワード島を目指すまで★



突然ですが、4年前にタイムスリップして、

長い間書きたいと思っていた旅行記、

カナダのプリンスエドワード島のことを4回(予定)に分けて書きます。



今まで通り、コテージでの日常も記事にしたいので、旅行記は飛び飛びになると思いますが、

赤毛のアンのファンの方や皆様に楽しんで頂けたら、嬉しいです。

もう4年も前のことなので、記憶が薄れている部分もあり間違いを書くかもしれません。

間違いに気づかれた方、ご指摘頂けましたら幸いです。

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(プリンスエドワード島:アン博物館)



「赤毛のアン」の島、プリンスエドワード島(Prince Edward Island:以下PEI島)を

訪ねたのは2013年9月のことですが、

モンゴメリ作「赤毛のアン」に最初に出会ったのは1980年代、当時私は子供2人の若い母親でした。




「赤毛のアン」にのめり込んで、村岡花子訳の「アン」シリーズを読んだ後、

日本語訳が出ていたモンゴメリ全作品を 手当たり次第に読んでいきました。




それから数年後、PEI島の写真集が出て、

どのページも穴が開くほど見入った後は、

部屋の隅に「アン」コーナーを作って、椅子の上に写真集を飾っていました。




その時は、将来自分がそこへ行くことになるとは夢にも思わず、

写真集をそばに置いて、PEI島に行った気持ちになるのが精一杯、

つましい生活だったけれど、子供に囲まれ幸せでした。




その後シングルマザーになり、

2005年に今の夫と再婚してから、私の人生はガラリと変わりましたが、

それでもPEIへ行くことは、夢というより見果てぬ夢、

あまりにも長い間、憧れだけで満足し、夢を現実にしようとは思わなかったのです。




1年後アメリカに移住してからも、夫とはPEI島のことを話したこともなく、

島のことは半ば忘れかけていました。




アメリカに移住して3年目のある日のこと、英語の勉強のために、

”Anne of Green Gables" (「赤毛のアン」の原作)を声に出して読んでいて、

ふと気が付くと、傍にいた夫がそっと涙をぬぐっていました。




袖の膨らんだ服に憧れ続けたアンが、マシューからのクリスマスプレゼントに、

袖がふんわり膨らんだ茶色のドレスを貰う場面です。




夫が「赤毛のアン」を始めから聞きたいと言うので、次の日からまた最初に戻り、

夏は木陰のベンチで、冬は暖炉や薪ストーブの傍で、

私が読む ”Anne of Green Gables" に耳を澄ませながら、夫は時々発音を直してくれました。

結局二人でその本を2回読み終え…彼はアンの大ファンになったのです。




再婚で人生はガラリと変わったものの、

”夢は叶わぬもの” という長年の諦め癖が抜けないのか?

それとも長い間の夢を 完全に断ち切られるのが怖かったからなのか?




それからも「PEI島に行きたい。」と口に出してみることもなく月日は過ぎて、

4年前の春、突然夫がこんなことを言いました。

「旅行先はいつも俺が決めてるから、今度はミモザの行きたいところへ行こうよ。

一番行きたいところは何処?南極でもいいよ。」




「一番行きたいところ?それは子供の傍よ。その次に行きたいところはプリンスエドワード島よ。」

(その年は息子が日本に就職した年で、あとの子供もアメリカ以外の国に住んでいました。)

子供の傍へ行きたかったのは本当ですが、PEI島は半ば冗談で言ってみました。




「プリンスエドワード島?いいね~!秋に行こうよ。」

突然、まるで冗談のように、長年の夢が叶うことになったのです。


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2013年9月3日、シアトル空港からデトロイト経由で、カナダのHalifax(ハリファックス)空港まで飛び、

ハリファックスからレンタカーでPEI島を目指しました。


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PEI島についてすぐ、シーフードの店でランチを取り、


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4泊予定のロッジへ着きました。
(その日は曇りだったので、この写真は別の日に撮りました。)



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(私達のロッジです。)



「赤毛のアン」の家がある「アン博物館」までは、ここから車で5分、

庭の向こうは海になっていました。


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(ロッジの庭から撮った写真:PEI島に着いて3日目)


部屋に荷物を運び入れると、私はすぐさまアンの家まで飛んで行きたかったのですが、

「アンの家へ行くのは明日にしようよ。」夫が言うので、その日はじっと我慢(;´・ω・)

近くを散歩して、夜はシーフードのお店でロブスターを食べました。

(その⓶に続きます。)

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(ロッジのキッチンとダイニングルーム:自炊ができました。)


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by mimozacottage | 2017-12-21 04:30 | 赤毛のアン | Comments(6)