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グルジアの王子夫妻の庭でアフタヌーンティ:ビクトリア


旅にハプニングは付き物だ。

想定外の事故や事件が起きたり、反対に想定外な嬉しい出会いもある。

ブッチャート・ガーデンに来るのが目的だった今回の旅、

なんと、ビクトリアを立つ前日に、ブッチャート・ガーデンよりも心惹かれる庭に出会ってしまった!



ビクトリアは風光明媚で見どころ満載の街、

ここへ来るのが今回で4回目になった私達も、まだ行ってない場所が一杯ある。

観光案内所でお勧めの場所を尋ねると、アブハジー・ガーデン(Abkhazi Garden)を勧められた。


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(アブハジー・ガーデンへ行く途中、海岸線沿いの散歩道)


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(散歩道から太平洋が見えた)


ビクトリア中心街から車で8分ほどで、「アブハジー・ガーデン」と思われる場所に着いた。

住宅地の中にひっそりと佇むその庭は、入口がうっそうと茂る金鎖の木で覆われ、

駐車場もないので、ここが「園芸家の間で国際的に有名な庭」だと聞いても、俄かには信じ難い。


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半ばキツネに抓まれたような気分で門を開けた私達を出迎えてくれたのは、

樹齢70年という巨大なシャクナゲだった。

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夫の提案で先にティーハウスに行き、庭はその後じっくり見ようということになった。

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(ティーハウス)



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ティーハウスの席はティーカップの収納棚のすぐ傍だったので、

コレクションをじっくり見せて頂いた。

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夫は「アブハジーブレンド」と名付けられた特別ブレンドティー、

私はアールグレイを注文した。


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甘い物はすべて甘さ控えめで、日本人の口によく合う。

甘いものが苦手な夫も美味しいと言った。

プリザーブは、庭で採れたブルーベリーから作られたそうで、

家庭で手作りされたような優しい味だった。



アフタヌーンティーの後、シャクナゲやつつじが満開の庭に出た。

庭は1エーカー(1224坪)なので、ブッチャート・ガーデン(55エーカー)とは比べ物にならないほど小さい。

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だが、この庭には、壮大でロマンチックな恋物語が隠されている。

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グルジア、アブハジー王朝の末代、ニコラス・アブハジー王子は、

ソ連のグルジア侵攻時に父親を殺害され国を追われて、母親と一緒にフランスのパリへ逃れた。

1922年、上海生まれのイギリス人ペギー(Peggy Pemberton-Carter)は、

養母の旅行の付き添いでこの地を訪れ、偶然、亡命中のニコラスと出会う。

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出会ってすぐに惹かれ合った二人は、散歩やギャラリー見学などを一緒に楽しむようになり、

ペギーが上海に戻った後も、二人の共通言語であるフランス語で文通を続けた。


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だが、第2次世界大戦の勃発で、二人は会うことはおろか、手紙の交換もできない状況に陥った。



フランス軍兵士になったニコラスはドイツ軍につかまって、ドイツで捕虜生活を強いられ、

一方、ペギーは旧日本軍支配下の上海で、収容所に送られてしまったのだ。

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1946年戦争が終わり、収容所から解放されたペギーはアメリカ・サンフランシスコに渡った。

その後、カナダのビクトリアに1エーカーの土地を買い求め、小さなバンガローを建てて引っ越した。

ある日のこと、その家に、13年もの間音信不通だったニコラスから手紙が届いた。



手紙には、その年の秋にニコラスがニューヨークに行く予定があり、

その時に会えないものだろうか?と書いてあった。

ニコラスは、ずっとペギーを探し続けていたのだ。



秋、ニューヨークに飛んだ彼女を待っていたのは、ニコラスからのプロポーズの言葉だった。

3歳で孤児になり、運命に翻弄され続けたペギーは1946年11月、

グルジア・アブハジー王朝の末代王子、ニコラス・アブハジーの妻になった。

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アブハジー王朝最後の王子と言えど、

革命や戦争ですべてを失ったニコラスには、王宮と呼べるような家はない。

ニコラスがビクトリアのペギーの家へ引っ越すという形で、二人の新婚生活は始まった。



小さなバンガローに住みながら、二人で暮らせるちゃんとした家を建て、

それから40年間、ニコラスが84歳で亡くなるまで、二人は庭仕事をしながら仲睦まじく暮らした。

その家が現在はティーハウスと呼ばれ、アフタヌーンティーや軽食が出される場所だ。

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(写真右上に見えている家がティーハウス)



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二人の庭は、岩だらけの傾斜地で力強く根を張り、花を咲かせた。

戦争や運命に翻弄され、13年間引き離された後も愛を貫いた王子夫妻のように…

ペギーの回顧録によると、子供のいない二人は庭を自分達の子供だと思って大切に育てたそうだ。



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ブッチャート・ガーデンは大好きだが、高い入場料を取って観光客を集める「観光用の庭」という印象は否めない。

一方、この庭は、人に見せるためでなく、子供を慈しむように大事に大事に育てられた庭、

華やかさは劣るかもしれないけれど、人を包み込むような温かさがあった。


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(アブハジー王子夫妻)


アブハジー・ガーデンのウェブサイトはこちら→ Abkhazi Garden



バンクーバー島旅行記はこれで終わりです。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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by mimozacottage | 2018-05-18 03:13 | 旅行(カナダ) | Comments(16)

アンティークショップと漁師の桟橋:ビクトリア


旅に出ると、ほとんど何処でも覗いてみる店があります。

アンティークショップです。

ビクトリア3日目のプランは「市街地の探索」だったので、午前中アンティークショップに行きました。



私はバラ模様のアンティーク・ティーカップをコレクションしているので、

気に入ったカップがあると、1回の旅行に1客だけ買っています。

少しずつ増やしていくのが楽しみと言いたいところですが…しょっちゅう壊すので、数はあまり増えません💦



今回はティーカップの外に、アンティークレースを見つけたいと思っていました。

我が家の玄関ドアの横には、細長い透明のガラス窓があって、そこから家の中が丸見えなので、

目隠しになるようなレースが欲しかったのです。



ホテルから歩いて10分ほどの所に、

その名も「アンティーク通り」と云う通りがあったので、行ってみました。


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これはお店ではなく誰かのお住まいですが、私が好きなチューダー形式の家、

ビクトリアでは、雰囲気のある家をよく見かけます。


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最初に入ったお店、ん?百万円もする高級アンティーク家具が所狭しと並んでいる。

ささやかな買い物をするためにやって来た私達は、場違いでした('◇')ゞ


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私達が買い物をしたアンティークショップ、通りからは小さく見えますが、

奥が広くて、沢山の収納ケースが置いてありました。


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コレクションは収納ケースごとに持ち主が違っていて、店はオーナーにケースを貸し出し、

オーナーに代わって、中のコレクションを売っているのだそうです。品揃えが良く、見応えがありました。


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私が買ったアンティークレースとティーカップ



アンティークショップの買い物を終えて、午後はビクトリア湾へ行きました。

夫はフィッシャーマンズ・ワーフ(Fisherman's Warf:「漁師の桟橋」の意)まで、

ウォータータクシーに乗りたいと言います。



数年程前までは、タクシー乗り場にバス乗り場のような時刻表があって、

それに合わせて船を待ったものですが、

今は乗り場に電話番号が書いてあって、携帯でタクシーを呼び出します。

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「ウォータータクシー」と呼ばれている船です。

料金は一人6ドル(600円ちょっと)、乗り合いになることが多いのですが、

今日の乗客は夫と私だけだったので、本当にタクシーのようでした。


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タクシーの真上を水上飛行機が飛んでいきました。

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タクシーの中から別のタクシーを見ています。

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桟橋に着くと、

なんとラッコが私達を歓迎してくれました。手前の方に写っています。

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ラッキーなことに、私達がランチを食べたベンチのすぐそばを泳いでいきました。

そのあと、アザラシもすぐそばに来たのですが、

その時はカメラが間に合わず、残念💦

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新鮮なムール貝をその場で料理してくれる屋台のようなお店でランチを買い、

ベンチに座って頂きました。

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桟橋には食べ物屋さんだけでなく、鯨ウォッチングツアーやカヤックレンタルの店などもあります。

写真の手前は雑貨屋さん、

その向こうはフローティングハウスと呼ばれる一般住居です。

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帰り道はタクシーに乗らず、ビクトリア湾沿いの散歩道を歩きました。

途中で、夫が「アッ、あれはなんだ?日本語で『友情の鐘』って、書いてあるぞ!」と叫びます。

近づいてよく見ると、岩手県盛岡市(ビクトリアの姉妹都市)から、ビクトリア市民に贈られた「友情の鐘」でした。

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この鐘は、2011年3月に起きた東日本大震災の時に、

被災地に支援を贈ったビクトリア市民へのお礼として、贈られたものだそうです。



英語と日本語で、

「ビクトリア市民の心温まる支援でどれだけ勇気づけられ、復興の励みとなったかわかりません…」

と書いてあります。



日本のことを心配し、支援してくれたビクトリア市民が沢山いたなんて、これを見るまで知りませんでした。

心の中で、ビクトリア市民に一杯、お礼を言いました。

震災当時、福島県に住んでいた私の長女も被災したのです。



この日の夜は日本食レストラン「千鮨」、ウエブサイトはここをクリック→ Sen Zushi

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夫が注文した刺身の盛り合わせ



これを作って下さった板前さんは、なんと中年のカナダ人女性、

大学で日本語を学び、旦那様は日本人男性だそうです。

仕事のやり取りも全部日本語、



まるで芸術品のような盛り付けや、美しい日本語の話し言葉もさること乍ら、

引き締まった体によく似合う作務衣風な衣服、褐色の髪はさっぱりしたシニヨン、

溢れるような清潔感があって、とても素敵でした。



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by mimozacottage | 2018-05-16 03:34 | 旅行(カナダ)

花の海とアフタヌーンティー:ブッチャート・ガーデン



バンクーバー島の2日目は、

今回の旅の目的であるブッチャート・ガーデン(Butchart Gardens→ウェブサイト)へ行きました。

私達は今まで夏2回、冬1回ここに来ていますが、今回は春の庭がどんなものか見に来たのです。



この庭は、カナダ国内やアメリカのワシントン州では、

「庭に興味がない人でも一度は訪れる」と言われるほど有名な庭です。

まず入口付近のお出迎えガーデンから見て下さい。

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ここだけでもお見せしたい写真があと10枚ほどあるのですが、なにぶん庭が広いので、

ここは1枚だけにして次に進みます。


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周りの庭と比べて低い位置にあり、沈んでいるように見えるので、

サンクンガーデン(Sunken Garden:沈んでいる庭)と呼ばれているこの庭、

ブッチャートのメインガーデンです。

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カナダが誇る文化財、ブッチャート・ガーデンの歴史は、

セメント技術者のロバート・ブッチャート (Robert Butchart) とその妻ジェニー(Jennie)が、

1904年、オンタリオ州からバンクーバー島へ引っ越して来た時から始まりました。




夫のロバートはここでセメント工場を作り、

妻のジェニーは、広大な土地を生かした庭造りができないものか?と考えました。

セメント業で成功した夫の財源を元に、石灰質の土壌を改良するための大量の土を運び入れ、

最初に作った庭がこのサンクン・ガーデンです。


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観光客はカナダやアメリカだけでなく、アジアやヨーロッパ、世界中から集まってくるので、

世界中の言葉が飛び交い、時々自分がどこにいるのか分からなくなります。

ネイティブカナディアンの象徴、トッテムポールを見ると、

ここはカナダなのだと実感します。

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何処へ行っても花、花、花、花の海…

5月中旬ですが、チュリーップがまだまだ頑張っていました。

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このユニークな形の庭は「スターガーデン」と呼ばれています。

カモのために作られた庭なのだそうです。

近くには、ローズガーデンもあるのですが、バラはまだ固い蕾でした。



ところで、ここへ来た目的は花を見るだけでなく、もう一つありました。

庭を眺めながら楽しむアフタヌーンティです。


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甘いものが苦手な夫はアフタヌーンティの代わりにランチを頼み、

私はもちろん、アフタヌーンティを注文しました181.png


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生憎、この日は窓際の席に座れず、写真はティールームの出入口から撮りましたが、

運よく窓際に座れることができれば、この景色を見ながらお茶やランチを楽しめます。

おなかが一杯になったところで、最後のお楽しみは日本庭園です。

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本当にどこを見てもため息が出るほど素晴らしくて、これらの写真はほんの一部です。

実際、どれをブログに載せたらいいか迷いに迷いました。

大好きなブッチャート・ガーデン、ブログを読みに来て下さった皆様も楽しんで頂けたら幸いです。


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by mimozacottage | 2018-05-14 07:58 | 旅行(カナダ)

何処を切り取っても絵葉書のような街: ビクトリア




アナコータスを朝8時半に出て、途中サンワン島というワシントン州の島に立ち寄り、

11時20分頃カナダ・バンクーバー島のシドニー(Sidney)港に着いた。

シドニーという地名は、オーストラリアの都市シドニー(Sydney) に似てるが、英語のスペルが一字違いである。

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(シドニー港を出た所にある入国管理)


カナダ最西南にあるバンクーバー島は日本の九州よりほんの少し小さいだけで、

かなりの面積があるので、日本人の感覚ではもはや島とは呼べない。

シドニー港から車で30分ほど南に走ったところに今回の旅の拠点、ビクトリア市がある。




ビクトリアに来るのは今回で4回目、同じ場所に何度もやって来るのは楽しくて飽きないからだ。

何処を切り取っても絵葉書のように美しい景色は、いくらでも眺めていたいし、

ここに住んでいる人達はいつも両手を広げて私達を歓迎してくれる。



まずはホテルへ行ってチェックイン、ビクトリアには素敵なB&Bが沢山あるが、

最近の私達は、B&Bより、何かと自由の利くアメリカ系ホテルの方が好ましく思えて、

ベスト・ウェスタン(Best Western)のチェーン店を選んだ。


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広い部屋には、6~8畳ほどのラウンジや小さいフルキッチンも付いていて快適だ。

チェックインを済ませると、ホテルの人に勧められたパブJohn's Placeでランチを食べた。

この店の歴史は古く、今までに国内外の沢山の有名人やスポーツ選手がここを訪れているようだ。



ハリウッド女優のマリリン・モンローもその一人、

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店にはオールディーズが流れていて、エルトン・ジョンの ”Daniel" が終わったところだった。

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(私が注文したのはオムレットとフルーツ)


壁の写真を見ながら、「へ~、ロッド・スチュアートもここへ来たんだ。」私が言ったちょうどその時、

不意打ちを食らったように日本語の歌が流れ、夫と私は思わず顔を見合わせた。

「上を向いて~♪、歩こう~、涙がこぼれないように~♬、思い出す~春の日、ひとりぼっちの夜~♪…」

坂本九さんの「上を向いて歩こう」だ。



夫は「この歌はアメリカでもものすごく流行ったんだよ。」と言う。

九ちゃんの明るい歌声がこんなところで聴ける不思議さ、それを聴いて私達がとっても嬉しい気持ちになったこと、

できることなら、ご本人に全部教えて上げたい。



九ちゃんの声は何時までも私の耳に残り、旅行中、気が付けば何度も頭の中で歌っていた。

「幸せは雲の上に~♪、幸せは空の上に~♬」

あの時代、日本は高度成長期真っ只中、

多くの人にとって、幸せは身近にあるものではなく、どこか遠い所にあるものだったのだろう。



ランチを終えて、もう長年来の友人のようになったビクトリア湾へ繰り出す。


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水面を滑走路にして飛ぶ水上飛行機、小さくてとても楽しい乗り物だ。

夫と私が最初にビクトリアへ来た時、ワシントン州シアトル郊外からこれに乗ってやって来た。

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水に浮かんでいる小さな船は、「ウォーター・タクシー」と呼ばれる市民や観光客の足、

湾をぐるりと歩くと結構時間がかかるので、利用する人が多い。


ビクトリア湾は水辺だけでなく、周りの景色も素晴らしい。

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アフタヌーンティーとランチができるお屋敷 ハンティンドン・マナー(Huntingdon Manor)、

前回ビクトリアに来た時(2014年)は、日本から私の姉2人を招待して、

この付近のB&Bに泊まり、このマナーハウスでランチした。

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この辺りには観光用の馬車が何台も並んでいる。

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(州議会議事堂)

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(エンプレスホテル)


夜はビクトリア湾を一眺できるシーフード・レストランでディナー、

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絵葉書のような街の一日目が終わった。



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by mimozacottage | 2018-05-12 01:34 | 旅行(カナダ)

可哀そうなピアノ: ワシントン州アナコータス


カナダ・バンクーバー島の旅、

1日目は、フェリー乗り場がある港町・ワシントン州のアナコータスに向かう。



バンクーバー島行きのフェリーは、朝8時30分にアナコータスから出発、

出発の1時間前(7時30分)までにフェリー乗り場へ着かないといけないので、

当日、朝早く起きて出発するより、

1日前に家を出て、フェリー乗り場近くのホテルで1泊することにした。




アナコータスはワシントン州の北端近く、カナダ国境まで約1時間のところにある。

ワシントン州内の島へ行くフェリーがいろいろ出ているので、今まで何度となく来たことがあった。

フェリーに乗るために立ち寄るだけだが、何となく趣きがあって、街をぶらぶら歩くのも楽しい。

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入り江に停泊するボートやヨット、カモメの鳴き声が旅情を誘う。

「カモメの鳴き声って悲しいね。」夫は言う。

ちょうど私も同じことを考えていた。




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私達が泊るホテルは古いが、綺麗で雰囲気があった。

部屋には古めかしいオイルヒーターや鎧戸の窓、奥の方には小さなキッチンシンクがあって、

フロントで挽いてもらった豆でコーヒーを淹れることができたのも嬉しい。

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ロビーの壁はギャラリーになっていた。

地元の高校生や大人のアート作品が展示されていて、中でも私の目を引いたのは、

本物の卵に色とりどりのビーズを施してある精巧なビーズアートだった。


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チェックインを済ませたあとは街を散策、

アンティークショップを覗いたり、静かな住宅地を夫と手をつないで歩いた。


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街路樹の「金鎖」が花盛り

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ガーデニング好きの人が住んでいそうな小さな家の前庭、

(古い一輪車の中に作られた)ミニチュアの庭が置いてあった。

こんな遊び心のある庭っていいな~!

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ホテルの筋向いの歩道には備え付けのピアノがあり、誰でも自由に弾けるようになっていた。

太陽に晒されて、ピアノらしい光沢も威厳もすっかり消え失せ、

もはや、美しい音を奏でる楽器ではなくて、通りを歩く人々の落書き用の黒板と化している。



街角に打ち捨てられたようなピアノでも、

それに命を吹き込む「ピアノマン」のような人が何処からともなく現れて、

名演奏を聴かせてもらえるのでは?と勝手な妄想を膨らませながら、チラチラ見ていたが、

実際に見たのは、滅茶苦茶にピアノのキイを叩いて通り過ぎる子供達だった。



乱暴に叩かれた音を聞くと、ピアノが可哀そうに思えた。

私はピアノの超超超初心者だけど、可哀そうなピアノを見ていると何だかウズウズしてきて、

一生に一回、そして一瞬だけ、「街角のピアニスト」になってみたくなった。



もっとピアノの練習をやっておけば、少しは格好がつくのに…と思いながら、

ずっと昔に習ったブルグミュラーの『アデュー(永遠にさようなら)』をほんの触りだけ、小さな音で弾いた。

誰もいないと思ったのに、立ち止まって聴いている人がいて、恥ずかしくてそれ以上は弾けなくなった。

身の程知らずとはこのことだ。



「もっと練習してから、またここに来て、その時に弾かせてもらうからね。」

心の中でピアノに言い訳をしながらその場を離れた。


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夕食はビール醸造所直営のパブRockfish Pubに行った。

料理に少し時間がかかると言われたので、ハンドバッグから文庫本を取り出した。

旅をしながら読もうと持って来た日本語の本5冊の中の一冊だ。



フェリーの待ち時間やレストランの待ち時間など細切れの時間に少しずつ読んでいる。

本物の旅をしながら、本を広げてもう一つ別の空想の旅をする。

何という贅沢な時間だろう。




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by mimozacottage | 2018-05-10 09:12 | 旅行(アメリカ)

コスタリカ旅行7:帰国とその後



慌てて予約したサンホセのホテルは町の中心にあって、

1階にカジノがあり、騒がしい声が夜中まで聞こえてくるような三流ホテルでしたが、

それしか空きがないので、仕方ない。



乾いたマットレスに温かい毛布、そして普通に綺麗なタオルがあったので、それだけで満足、

私の病状は酷くなっていたので、なるべく移動しなくて済むように、

最後の日を除いて、同じホテルに3連泊することにしました。



この頃、自分の病気はただの風邪ではなく、

数年前罹ったインフルエンザにそっくりだと気付きました。



熱とだるさで食欲がなかった私のために、夫は温かいスープを買ってきてくれたり、

(部屋にはお湯を沸かすポットもお茶もなかったので)ホテルから熱いお湯をもらって、

コンビニで買ったティーバッグで紅茶を作ってくれました。



サンホセに着いた日の翌日、夫がコンビニに買い物に出た後、

寒気がして我慢できないので、湯船に入って体を暖め、

パジャマを着終わったところで、突然、ふわ~っと気が遠くなりました。



その直後、背中に鋭い痛みが走って、

ふと気が付くと、私は床に倒れていて、シャワーカーテンが体の下にありました。

そばには、シャワーカーテンを吊るしてあったポールも落ちています。



何が起こったのだろう?



そんなことになったのは生まれて初めてで、何が何だかわかりません。

その場の様子から判断すると、バスルームの鏡の前で気を失い、

背中の後ろ側にあったシャワーカーテンと一緒に仰向けに倒れて、湯船の淵で背中を打ったのでした。



夫もいないし、助けが呼べないので、這うようにしてベッドまで戻り、

横になったまでは覚えていますが、それから後の記憶はありません。



気が付くと、夫が心配そうに私の顔を覗き込み、

「病院へ行く方がいいんじゃないか?」と言ったのですが、

その時は病院へ行く気力も体力もない気がして、首を横に振って目を閉じ、

そのまま2日間、昼も夜もこんこんと眠り続けました。



時々目が覚めると、夫が枕元に運んでくれた温かい紅茶で喉を潤し、

子供達が幼かった頃の思い出や、

数年前インフルエンザで亡くなった、夫の親戚のことが頭に思い浮かんでは消えて行きました。



2日間ぐっすり眠ったのが功を奏したのか、帰国予定前日には熱が下がり、少し体力が戻ったので、

最初の予定通り、空港近くのアメリカ系チェーンホテル、Marriottに移動、

それまでのホテルとは全然違う快適さを味わって、ホッと一息つきました♡


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(マリオットホテルのロビーで演奏をする地元の楽団:
夫が一人で観に行って写真を撮って来てくれました。)



熱は下がったものの、病み上がりに2つ飛行機を乗り継いでの帰国はほんと辛くて、

乗り継ぎのロサンゼルス空港では、夫が「車椅子を借りた方が良いんじゃないかな?」と言いました。



車椅子に乗るなんて、ほんとのおばあさんみたいで、「自分で歩けるわよ。」と歩き始めたものの、

途中で苦痛になって、やっぱり車椅子を頼めばよかったと思うほど、足が重くて重くて…



やっとの思いでシアトル行きの飛行機に乗り、

他の人にうつしてはいけないと咳を我慢するのは大変でしたが、

もうこれでやっと家に帰れると思うと…喜びもふつふつと湧いてきました。

(後で調べてみると、その時はもう感染時期を過ぎていましたが、
感染時期は、呼吸をするだけで人にうつしてしまうそうです。)



体力も気力も消耗し尽くしたのか、家へ帰ってからしばらくの間は、

ゾンビのようになって全身の力が抜け、生きる気力も失せて、何日間もぼ~っと過ごしました。



「なんか、生きる気力がないの。」夫に言うと、

「俺は君に生きてほしいよ。

春になってガーデニングができるようになったら、また生きる喜びが湧いて来るから、

それまで一緒に頑張ろうよ。」と言いました。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




コスタリカ旅行記はこれで終わりです。



この経験を通して、インフルエンザの季節には旅行を控えること(特に空の旅)、

普段の運動や食事に気を付けて、体を冷やさないことが大事だと思いました。



また、インフルエンザの予防接種をしていた夫は比較的軽い症状で済んだので、

今後は予防接種を考えてみるべきかな?と思うようにもなりました。

(予防接種の副作用で過去2回も死にそうな目に遭ったので、簡単には決断できかねますが。)



そして、コスタリカにいる時、お粥と梅干とみそ汁が食べたくても食べれなかったことが、

トラウマのようになって、今でも毎日お粥、梅干、みそ汁の朝ごはんが続いています。

日本の食べ物と医療制度の良さを改めて認識しました。



最後に…沢山の人がコスタリカは綺麗だ、素晴らしい国だと仰っています。



私達もインフルエンザに罹らなければ、もっといい旅ができたはずだし、

また、私達が見ることが出来なかった素晴らしい点が一杯あると思うので、

この旅行記を読んだだけで、「コスタリカに行くのは止めておこう。」とは思わないで下さいね。



ここまで読んで下さって、ありがとうございます。



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by mimozacottage | 2018-02-28 03:51 | 旅行(中米)

コスタリカ旅行6:インフルエンザ+土砂崩れで山越え


カウイータ国立公園を観光した日の夜、頭が痛み始めた。

眠ろうとしても、ガンガン痛む頭と湿ったマットレスのせいで眠れそうもない。

家に帰りたい、家の温かいベッドで休みたい…痛切に思った。



夫から勧められた風邪薬を飲んで、やっと眠りに着いたが、

夜中、屋根を激しく打ちつける雨の音で目が覚めた。



バスルームに行くと、天井からぽたぽた雨漏りしてて、床の上に小さな水たまりが出来ていた。

そのホテルは4泊の予定だったが、あと2泊もこんな所で過ごすなんて耐えられない。

雨漏りのするバスルームは寒気がするし、惨めで泣きたくなった。



翌朝、夫も「ヨーロッパ旅行の時は、テープを巻き戻しするようにゆっくり時間を楽しみたいと思ったけど、

今はテープを早送りして、さっさと家に帰ってしまいたい。」と言う。



支払い済みの宿泊料を全部無駄にしても、このホテルを出て別のホテルに移りたい。

夫がホテルのマネージャーにそれを伝えに行くと、

向こうから先に、この土砂降りはあと2日続くので、

もし私達がここを出て他の町へ行きたいのだったら、残り2泊分の宿泊料は返すと言ってもらえたそうだ。



夫は、私の体力がもつなら、サンホセまで戻ろうと言う。



私は咳と頭痛でぐったりだったが、2時間余り車に座っているだけなら、

何とか我慢できるのではないかと思った。

とにかくこのホテルを出て、乾いたマットレスのある普通のホテルに移りたい。



幸い、夫の症状は私よりずいぶん軽かったので、

正午前、彼の運転でサンホセに向けて出発した。

出発から2時間くらいまではほとんど渋滞もなく、何もかもスムーズだった。



「よかった!サンホセまであと3、40分で着きそうだよ。

ホテルに着いたらすぐに休めるから、もうちょっと頑張ってね。」



夫はそう言って励ましてくれたが、それから5分もしない内に前の車がノロノロ運転になった。

少し行くと長い渋滞ができていて、渋滞の先頭は見えない。



どうなっているんだろう?



沢山の車がこっちへ引き返してくるので、こっち側の人達は引き返してくる人達にスペイン語で何かを聞き、

聞かれた人達は何かわめきながら通り過ぎる。

すると、ほとんどの人が方向転換して来た道を引き返していく。



私達には何が起こっているのかわからない。

「英語が話せる人はいないかな?どうしたらいいんだ?」夫が言うので、

「”¿Habla inglés?” (スペイン語:英語が話せますか?)って聞いたら、英語を話せる人は答えてくれるよ!」と私は言った。



すると、一人の人が英語で答えてくれた。

「この道は土砂崩れで通行止めだ。回り道でサンホセまで行く道が一つあって、

大分遠くなるけど…その道を行くしかない。」



もう少しでサンホセに着き、ベッドに横になれると思ったのも束の間、

またこれから、知らない道を回り道で行く?

…体力はギリギリ、頭は割れそうに痛んだので、それを聞いてゾッとした。



夫「でも、一体何処にそんな回り道があるんだ?このGPSは高速しか載ってないよ。」

「ほらあそこ!長い列になってるから、あれについて行けばいいよ、きっと。

だって、私達みんなサンホセに行くつもりで、同じ高速に乗ってたんだから。」

高速を下りたところの長い車列を指して、私は言った。



後でわかりましたが、その道は山を越えてサンホセまで行く道でした。

高い山の頂上まで曲がりくねった道をのろのろ運転で上って行って山を越え、

またくねくねと曲がった道を下りてくるのです。



車の中からたまにチラチラと見えた山の景色は絶景でした。

珍しい花も見えたので、写真を撮りたかったけど、

体がだる過ぎて、足元に置いたバッグからスマホを取り出すこともできません。



山の頂上付近では、動物園で見たのと同じ小さな黒いサルが10匹ほど群れになって、

道端にしゃがんでいるのも見えました。

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(これは動物園で見た猿ですが、これと同じ種類の野生の猿でした)



こんなに綺麗なところ、今まで見たことがない!と思ったけど、体が…

美しい花や野生の猿を目前にして、写真に撮れないのは残念だったが、もうそれどころじゃない。

私は割れそうに痛む頭痛に耐えるのが精いっぱいで、時々唸り声を上げて気を紛らせた。


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これは山を下りて来る途中、夫が「あッ!」と叫んだので、

「えっ?何?」必死でスマホを取り出してシャッターを切った唯一の写真です。

滝は泥水になってゴウゴウと流れていました。



雨で前が見えず、急カーブの多い細い道、後ろの車はみんな焦って迫って来るし、

夫はいつ事故になるか?と怖かったそうです。



結局、その山越えに要した時間はなんと4時間半、

Limón(リモン)を出発して合計6時間半、私達はやっとの思いでサンホセに辿り着いたのでした。

コスタリカ旅行7(最終回)に続きます。



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by mimozacottage | 2018-02-25 07:27 | 旅行(中米)

コスタリカ旅行5:ホテルの部屋で困ったこと+海辺の国立公園


カリブ海のビーチを散歩した後、

部屋に戻って休む支度をしていると、気になることが幾つかありました。



その1つはバスルームに掛かっているフェイスタオル(バスタオルも)、

古くて黒ずみ、ほつれた糸が数か所からだらりと垂れていて、

家で雑巾用に使っているタオルと変わりがない。



「タオル、もっと綺麗なのに代えてもらおうよ。」と私が言うと、

「アメリカからやって来た旅行者が貧しい国で威張っているみたいだ。

そんなこと恥ずかしくて、頼めないよ。」と夫が言います。



私はよそのお宅に泊めて頂く時、新品の真っ白いバスタオルを出されると勿体なくて恐縮するし、

新品のタオルを雑巾に縫ったこともない。

自分のことを神経質でも潔癖症でもない、平均的な日本人だと思う。

だけど無頓着な夫と違って、雑巾のようなタオルで顔を拭く気にはなれない。



もう一つ気になったのは蚊がいたこと…幸い、夫も私も一匹ずつ叩いて解決しました。

一番問題だったのは、ベッドのマットレスが湿気でジトッとしていること。



夕方から激しく降って来た雨で気温が下がってきたのか?…夜になると寒気がするし、

ベッドに横になっても、ジトッとしたマットレスが冷たくて眠れそうもない。



暖房でも入れれば、少しはマットレスが乾くかな?と

部屋のエアコンの温度を24℃に設定して休んだら、夜中に寒さで目が覚めた。

24℃に設定したはずのエアコンは冷房がガンガンに効いて、部屋が冷蔵庫のようになっていたのです。



どうして、こんなことに?…エアコンをよく見てみると、

冷房の機能しかないことに気づきましたが、時、既に遅かりし…

翌朝になると、夫の風邪は本格的になっていて、私にもうつっていた。

その時は夫も私もただの風邪だと思っていたので、2、3日で治るだろうと軽く考えていました。



その日、朝のうちは昨夜から続く集中豪雨のような激しい雨、出かけようにも出かけられなかったのですが、

昼になって晴れ間が出たところで、

「折角こんな所までやって来て、どこにも行かないのはつまらないよ。」

夫が言うので、観光に行くことにしました。



パナマ国境辺りに世界遺産があるので、出来ればそこを訪ねたかったのですが、

その時の夫の体調では運転が大変なので、海岸沿いを30分程走った所にあるカウイータ(Cahuita)国立公園に行きました。

大きな公園で維持が大変だと思うのに、入場料は無料で寄付金だけでした。

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コスタリカは自然保護に熱心な国で、環境への配慮は世界中から高い評価を受けています。

だから、こういう所に出す寄付金はちっとも惜しくない。



公園内には、黄色いへびやラクーン、ナマケモノ、猿等、動物達が自然のまま生息していて、

ラッキーだったら動物達に会えるらしくて、それも楽しみでした。


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落ちていた椰子の実から新たな芽が出ています。

こうやって命が引き繋がれていくのですね。

動物もいいですが、自称ガーデナーの私はこんなのを見ると鳥肌が立ちます。



散歩道を歩いていると、

頭上から鳥の声とはちょっと違う、動物のような鳴き声が聞こえて来ます。

目を凝らしてしばらく上を見上げていると…ラッキー!

ゴリラかチンパンジーのような猿の親子連れ?が、高い木の上に座っているのが見えました。


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少し先を歩いていた夫を呼び戻して、「あそこにサルがいるよ。」木の上を指すと夫は大喜び、

望遠レンズ付きカメラを出して、写真を撮ってくれました。



その時スペイン語に交じって、ドイツ語、フランス語、オーストラリア訛りの英語を話す人達が、

リスの写真を撮りながら傍を通り過ぎましたが、私達が見つけた大物には誰も気づかないようでした。



他の人に教えて上げたいような気もしましたが、

その時私達は風邪のせいか、誰かと関わり合うのが面倒臭くて黙っていました。



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帰り道、ローカル色の強い鄙びたカフェを見つけたので、

遅いランチにしました。

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庭に大きく茂っていたアボカドの木

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色鮮やかなサラダ、綺麗でとても美味しかったです。

コスタリカ旅行6に続きます。




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by mimozacottage | 2018-02-22 07:09 | 旅行(中米)

コスタリカ旅行4:憧れのカリブ海



コスタリカ3日目はサンホセのホテルを引き払って、レンタカーで西の方へ移動、

カリブ海に面した町、リモンを目指します。




首都サンホセからリモンまでは、

熱帯雨林の山を通り抜ける高速で2時間余りだと聞きましたが、

途中道路の渋滞があったので、4時間半くらいかかりました。




コロンブスが最初にアメリカ大陸にやって来た時、辿り着いたのがこの町で、

一時はヨーロッパにコーヒーを運ぶための港町として栄えました。

私達がここへ来た理由はカリブ海が見たかったからです。




「設備が整った近代的なホテルより、ローカル色があるもの」

という条件で選んだホテルは、南国情緒に溢れた美しいホテルで、

庭先はカリブ海のビーチに続いているという抜群の立地条件でした。




スタッフの方も皆ビックリするほど親切で、文句無し。

驚いたことに、スタッフ全員(一人だけを除いて)英語が全く通じなかったのですが、

語学ヲタの私達夫婦にとっては、面白い経験でした。




宿泊料はほぼアメリカ並みだったので、

外観やインテリアはアンティークでも、中は快適なのだろうと勝手に予測したのですが…

それは大間違いだったと後で気づきました。




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(私達の部屋の玄関ポーチ)



チェックインを済ませると、風邪気味だった夫は部屋で一休みしたいと言うので、

私は一人で、庭の向こうのビーチまで散歩に出かけました。


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散歩道は途中から地面が砂に代わって、ヤシの木が生い茂るビーチに続いていました。


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♪~ 名も知らぬ遠き島より、流れ寄る椰子の実一つ

故郷の岸を離れて 汝(なれ)はそも波に幾月~♬

(椰子の実:島崎藤村)


昔、学校で習った歌が自然に口をついて出てきました。




でも、一人ぼっちで故郷の岸を離れ、

ここまで流れ着いたのは椰子の実ではなくて、この私…

椰子の実はここが故郷で、仲間がそこら中にゴロゴロ転がっています。




椰子の林の向こうに、長年憧れ続けたカリブ海が見えました。

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「ついにカリブ海にやって来たんだ~!ああ、この景色…子供達に見せたいな~!」

遠い国に住む子供達に思いを馳せました。




子供達が小さかった頃、我が家はあちこち旅行に連れて行ってやれる環境ではありませんでした。

それから随分と時間が経って、今の夫と再婚し、二人で世界中を旅するようになると、

旅先でいつもそれを思い出して(子供達はとっくに成人していますが)、心の中で涙するのです。




部屋に戻ってみると、夫はまだ休んでいたので、

ポーチの椅子に座って、スペイン語を勉強しながら彼が起きて来るのを待ち、

ホテル内の小さなレストランで一緒に夕食。


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サンホセのレストランで隣り合わせた人に、

「リモンに行ったら食べてみると良いよ。」と勧められたビートライスを食べてみました。

野菜が無くてカーボ多💦 お味の方はまあまあだったかな?




夕食後、夫と一緒に真っ暗なビーチを散歩して、

「明日はここへワインを持って来て、夕焼けを見ながら飲みたいね。」

「おっ、いいね~!そうしよう!」




そんな楽しい会話をして、部屋へ戻ったのですが、

その夜、困ったことが起きて、「夕焼けのワイン」計画は夢の彼方へ消えたのです。

(コスタリカ旅行5に続きます。)




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by mimozacottage | 2018-02-20 10:25 | 旅行(中米)

コスタリカ旅行3:コスタリカの歴史



コスタリカ2日目、動物園の後は、コスタリカの歴史を学ぶために国立博物館へ行きました。

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コスタリカはアメリカ大陸のちょうど真ん中辺りにある細長い国。

九州と四国を合わせたくらいの国土に、500万人足らずの人が住んでいる小さな国ですが、

歴史は古く、紀元前3000年~2000年頃の遺跡が残っています。


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先住民は狩猟や農耕を基本とした素朴な生活を営んでいましたが、

16世紀初頭、スペインの探検家コロンブスの到来によって、この国の歴史が大きく変わりました。

征服の過程でヨーロッパからもたらされた疫病や大量殺戮により、

推定40万人とされていた先住民の人口は、17世紀の初めには1万人に激減したのです。



それから300年ほどはスペインの植民地でしたが、人口の激減で産業が生みだせず、

スペイン領の中では最も孤立した貧しい場所でした。



19世紀に入ってスペインから独立、コーヒーやバナナを基盤に経済的に発展しました。


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(何キロも続くバナナプランテーション)



20世紀に入ると、内戦や2つの世界大戦に巻き込まれましたが、

第2次世界大戦後は民主主義が根付き、1949年には軍隊を廃止。

「永世中立」を宣言して、「中米のスイス」と呼ばれるようになりました。



近年では環境に配慮したツアーリズムの開拓と治安の良さで、観光客が世界中から訪れ、

特にアメリカ人の間では、コスタリカをリタイヤ先に選ぶ人が増えているそうです。



博物館を見学しているうちに、夫はどんどん元気がなくなってきました。

「風邪がシンドイの?」その日の朝から、風邪の症状が出ていたのです。

「いや、白人のすることは本当に酷いと思ってね…落ち込んでしまうよ。」

「そうだね…じゃ、ここを出て街を歩いて気分を変えようよ。」



赤信号でも平気で突進してくる車や、道路のゴミをよけて歩くのに四苦八苦したり、

中華街では、中華っぽい店が3~4軒あるだけで、残りは全部ラテン系だったので笑えてきたり、

「ステッペンウルフ」の看板があったパブに入ってビールを飲んだり、

道行く人や屋台の人達とスペイン語であいさつを交わしたり…


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楽しくも混とんとした街を2時間ほど歩いた後で、

結局、夕食は前日と同じ、ローカルフードのレスランへ行きました。


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この日、私達が注文したのは、シーフードの盛り合わせ、

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これで2人分です。



この頃になると、スペイン語を使うのに結構慣れてきて、

食べ物を注文したり、美味しかったとか、お腹いっぱいとかそんなことも言えるようになって、

ウエイターさんに褒められました。(〃▽〃)ポッ

(スペイン語の母音の発音は日本語と同じ、日本人にとっては英語より簡単です。)



ちょうどその時、前日のウエイターさんが私達に気づき、

「おや!今日も来て下さったんですね!

今日はこのテーブルの係じゃないんですが、あなた達にお会いできてとても嬉しいですよ!」

わざわざ私達のテーブルまで話しに来て下さったので、4人で盛り上がりました。



美味しいものを食べ楽しい時間を過ごしたせいか、

夕食が終わった頃、夫はすっかり元気になっていました。

コスタリカ旅行4に続きます。



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